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『文学碑のある風景』
2017/09/19(Tue)
【書名】文学碑のある風景 詩の心、詩の風土
【発行日】昭和五八(一九八三)年一二月二〇日
【発行所】実業之日本社
【体裁】本文新書判、丸背厚表紙(新書判よりやや大きめ)、コート紙カバー、帯付。口絵写真・アート紙一頁(三好達治「春の岬」詩碑)。装幀・安彦勝博。
【頁数】写真提供者一覧含めて二六〇頁。
【定価】一〇〇〇円
【目次・内容】
文学碑の旅へ
  風景との遭遇
  旅への誘い
  発見の喜び
川端康成「国しのびの歌」碑   奈良県桜井桧原井寺池畔
山部赤人「津田の細江」歌碑   姫路市葛磨区溝、思案橋際
中山道碓井峠の万葉歌碑     長野県軽井沢町旧碓氷峠展望台
柿本人麻呂「遊女の祈り」古歌碑 東京都台東区浅草神社境内
和泉式部「薄墨ざくら」歌碑   福島県石川町小和清水
芭蕉『奥の細道』文学碑     福島県白河市旗宿
其角「雨乞い」句碑      東京都墨田区向島二丁目三囲神社境内
大和田建樹『鉄道唱歌』詞碑  東京都港区新橋二丁目国鉄新橋駅舎
樋口一葉『たげくらべ』文学碑  東京都台東区竜泉寺町一葉記念館
森鷗外小倉旧居と文学碑     北九州市小倉鍛冶町
正岡子規法隆寺句碑       奈良市五条町法隆寺境内
伊藤左千夫『野菊の墓』文学碑  奈良県桜井桧原井寺池畔
泉鏡花『婦系図』ゆかりの筆塚  東京都文京区本郷湯島天神境内
島崎藤村『夜明け前』文学碑   長野県木曽郡福島町大手町
土井晩翠「荒城の月」詩碑    宮城県仙台市青葉城址
与謝野晶子「海こひし」歌碑   大阪府堺市甲斐町一四一
若山牧水記念館と「望郷」歌碑  宮城県東臼杵郡東郷町坪谷
吉井勇砥園歌碑         京都市東山区祇園町白川畔
北原白秋「帰去来」詩碑    福岡県柳川市矢留小学校前白秋詩碑苑
石川啄木北上川畔歌碑      岩手県岩手郡玉川村渋民鶴塚
石川啄木浅草等光寺歌碑     東京都台東区西浅草等光寺境内
夏目漱石鴨川句碑        京都市中京区御池大橋際
高村光太郎『智恵子抄』詩碑   福島県二本松市二本松城址
有島武郎文学碑         長野県軽井沢町三笠
永井荷風「震災」詩碑      東京都荒川区南千住二浄閑寺境内
萩原朔太郎「帰郷」詩碑     群馬県前橋市敷島町敷島公園
大手拓次「川に鳴る鐘」詩碑   群馬県安中市磯部温泉碓氷川畔
室生犀星「あんず」詩碑     石川県金沢市中川除町犀川畔
佐藤春夫「望郷五月歌」詩碑   和歌山県新宮市熊野速玉神社
会津八一唐招提寺歌碑      奈良県五条町唐招提寺金堂左側
西条八十「銀座の柳」詞碑    東京都中央区銀座八丁目新橋際
大仏次郎記念館         神奈川県横浜市中区山手町
伊藤整「海の捨子」詩碑     北海道小樽市塩谷ゴロタの丘
宮沢賢治「雨ニモマケズ」詩碑  岩手県花巻市下根子片桜
林扶美子「花のいのちは」詩碑  鹿児島市桜島町古里温泉
小林多喜二望郷の文学碑     北海道小樽市旭山展望台
三好達治「春の岬」詩碑     福井県坂井郡三国町東東尋坊海岸
中原中也「帰郷」詩碑      山口市湯田温泉井上公園
立原道造「アダジオ」詩碑    岩手県盛岡市愛宕山中腹
伊東静雄「曠野の歌」詩碑    大阪市住吉区住吉高校
亀井勝一郎文学碑        奈良市西の京薬師寺大宝蔵殿前
太宰治「不死鳥」文学碑     青森県北津軽郡金木町芦野公園
原民喜「幻の花」詩碑      広島市大手町原爆ドーム前
峠三吉原爆詩碑         広島市広島平和記念公園内
井上靖「千本浜」詩砕      静岡県沼津市千本松原
 全国主要文学碑一覧
 あとがき――取材を終えて
 〈写真提供〉
【解題】
 一篇(一文学碑)につき原稿用紙三枚ほどのエッセイと写真で綴る文学碑への旅。本のスタイルとして、のちの『百観音巡礼』『旬の菜時記』『花暦十二ヶ月』『花とことばの文化誌』に続く瀟洒な小型本エッセイ集の嚆矢である。
「北は北海道の啄木から南は鹿児島の林扶美子、時代的には万葉から井上靖まで、代表的な文学碑を訪ね、碑文の背景と作家の肖像を活写した文学風土記」と帯にあるように、単なる文学碑案内というのではなく、作家・作品の文学地誌を洗い直す文芸批評になっている。かつ随筆として軽快に読め、折に触れて頁を繙くの適している。
 決められた枚教内にぴたりと文章を嵌め込む手腕はさすがである。また、取材の仕方や写真の撮り方まで紹介されていて、これは大いに参考になる。文学のフィールドワーク入門として読めるわけだ。
 実際、昭和五九年の明大での「詩歌研究」は本書をテキストに、夏休みの課題は、学生の郷里や身近な文学碑を訪ねて写真と文章でリポートするというものであった。(この時二年生だった私は、語学の必修科目が重なっていてこの授業を履修することができず、三十年以上たった今でも残念に思っている)。
「文学碑の旅はいつも新しい歌枕を訪ねる旅であり、文学の風景との出会いであった。」(「文学碑の旅へ」冒頭)
 ノートとカメラを片手に旅する先生の姿が目に浮かぶような本である。――それにしてもよくぞここまで巡ったものである。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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『中村真一郎とその時代』
2017/09/05(Tue)
【書名】中村真一郎とその時代
【発行日】昭和五八(一九八三)年一一月一五日
【発行所】林道舎
【体裁】四六版上製、角背コバルトブルー厚表紙、函入り、帯付。口絵アート紙二頁(中村真一郎照影/自筆原稿「立原道造」三枚・色紙一枚・「四季」第六六号と「高原」第二輯の表紙)。
【頁数】二一九頁。
【定価】二〇〇〇円
【目次・内容】
Ⅰ 幻覚の饗宴
 1 幻覚の饗宴
  中村真一郎の梶井基次郎論 ボードレリアンとしての梶井基次郎
  視覚者としての文学   「桜の樹の下には」
  幻想と反世界   夢、あるいは想像力について
  (中村真一郎最初期の単行本未収録小品「窓」全文掲載)
  「死の影の下に」の意味
 2 マチネ・ポエティク
  マチネの詩   ひとつの時代   その史的位置
 3 中村真一郎の性と思想
  固有の思想   物語への憧れ
  その性描写   オンディーヌ志向
Ⅱ 作家以前の中村真一郎
 1 作家の幼年
  死の音楽   海に降る雪   心象の海   幼年
 2 青春と時代
  目覚め   父の死・青春   時代
  立原道造の死   高見順
Ⅲ 中村真一郎とその時代
 1 『恋の泉』――近代の日本と知識人
  『恋の泉』―六〇年代の文学と《性》をめぐる   風俗の最前線
  夢の構築・作家の想像力   小説の方法・小説のなかの時制
  反私小説の中の主人公、民部兼広   日本の近代と知識人
  八十年代の小説への架橋   『恋の泉』における性の思想
  筆者自身のためのモノローグ①
 2 『「雲のゆき来』をめぐる――思想としての性
  筆者自身のためのモノローグ②
  「うまく作られた不幸」に関する考察
  時間・劇中劇の問題点   メタモルフォーゼ・小説の手法
  ブルーノ・タウト   小説の魅力
  筆者自身のためのモノローグ③
  ある空想・中村真一郎研究について   思想としての「性」
 3 『四季』の意味――回帰する青春
  小説の失権時代   続・小説の失権時代
  老年という文学の主題   全体小説としての『四季』
  回帰する青春   筆者自身のためのモノローグ④
  記憶の迷路へ   私小説の中の青春
 あとがき
【解題】
 中村真一郎という作家は、近代日本文学史上最も批評しにくい作家であるとは誰もが認めざるを得ないことだろう。何より作家自身、古今東西の小説や詩歌に限らず哲学・芸術・文化に精通していて、なおかつ審美眼を具えた本当の意味での知識人であり、超一流の批評家だからである。
「一人の批評家が生涯かかって成し遂げ得るような仕事を、その第一の創造である小説を書きながら果して来ている」(Ⅲ―1)のであり、加えて自作についても、生半可な批評家ではとても太刀打ちできないような解説者となっている。文壇内・読書界の一部での中村真一郎への冷遇は、この作家に対するおそらく屈折した心理が働いていると思われる。
 そういうことを別にしても、小川和佑先生にとっては師である。論じがたいのは言うまでもない。だが、それは単に師だからという理由だけではない。それは最終章を読めば分かる。しかし、最終的な先生の「十七歳から始まる三十数年に渉った長い中村真一郎体験の到達」 (Ⅲ―3)点の如何にかかわらず、『恋の泉』『雲のゆき来』の作品論は(私が言うのは僭越だが)秀逸である。
 特筆すべきは、全篇を通じて先生の現代文学への状況論的な批判とヴィジョンが語られていることである。個人的なことになるが、本書あたりからようやく先生の新著をリアルタイムに読めるようになった私としては、この点が実にスリリングであった。
 本書刊行直前(昭和五八年八月)に行われた記念すべき第一回目の小川ゼミ合宿では、まさに「現代に文学の復権はあるか」というテーマを論じ合っていたのだった。私にとって、以後の先生の著作と大学での講義の関係は、本にすでに書かれてあることを授業で聞くのではなく、授業で聞いていたことが次の本ではこのように書かれている、ということが如実に分かるということになり、批評はおろか論文を書かない大学教授が増えている中、自分も文学の創造や批評の〈現場〉に立ち会っているというような、「生な文学」に触れているという実感が持て、たいへん貴重な体験となった。これは昨今の大学教育・機構の中では、特筆されていいことである。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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『伊東静雄論考』
2017/07/13(Thu)
【書名】伊東静雄論考
【発行日】昭和五八(一九八三)年三月二五日
【発行所】叢文社
【体裁】A5判上製、丸背厚表紙、嚥脂クロース装、貼函入り、帯付。口絵アート紙二頁(昭和10年頃の詩人の肖像/セノオ楽譜281番、竹下夢二装画、リヒャルト・シュトラウス『モルゲン』の表紙と譜面)。造本・梯耕治。
【頁数】「あとがき」まで三五五頁。初出一覧一頁。引用詩索引一頁。
【定価】三七〇〇円
【目次・内容・初出】
伊東静雄論
 序章 新しき古典として――静雄頌
 1 詩人の生い立ち
 2 青春、あるいは詩人の出発
 3 創造者への自覚
 4 わがひとに与ふる哀歌
 5 日本浪曼派と伊東静雄
 6 八月の石にすがりて
 7 わが家はいよいよ小さく
 8 雲雀の歌
     〈初出:一九八〇年七月(四月と誤記) 『伊東静雄 孤高の抒情詩人』講談社現代新書〉
伊東静雄論 補記
 1 「わがひとに与ふる哀歌」の新貸料
      ――夢二装画「モルゲン楽譜」をめぐる――
     〈初出:一九八二年七月 「昭和文学研究」第五号〉
 2 伊東静雄と三島由紀夫――その邂逅と訣別
     〈初出:一九七二年十月 「現代詩手帖」十月号 思潮社〉
     (原題「詩の訣れ――三島由紀夫少年詩篇」)
 3 雲雀の記憶
     〈初出:一九七三年十一月 『伊東静雄論』五月書房〉
伊東静雄書誌研究
 1 伊東静雄論の形成
    詩人研究の現在  詩人研究の指針  全集・資料等について
    詩人研究の問題点  詩人論・作品論  作品研究の課題と展望
    主知主義文学と静雄詩の問題  「哀歌」の周辺
    『詩集夏花』以後の詩集について
     〈初出:一九七三年十一月 『伊東静雄論』五月書房〉
     (右所収稿を基に書き下ろし)
 2 伊東静雄書誌一覧・解題
     〈初出:一九七三年十一月 『伊東静雄論』五月書房〉
     (右所収稿に増補訂正を加えた新稿)
 3 研究文献目録・総覧
     〈初出:一九七九年八月 『現代詩読本⑩伊東静雄』思潮社〉
     (右所収稿に増補訂正を加えた新稿)
 4 伊東静雄年表――付同時代史
     〈初出:一九七三年十一月 『伊東静雄論』五月書房〉
     (右所収稿に増補訂正を加えた新稿)
 5 「コギト」「日本浪曼派」年表
     〈初出:一九七七年三月 『立原道造研究』文京書房〉
あとがき
初出一覧
(引用詩の)索引
小川和佑著『伊東静雄論考』函
【解題】
 先生の伊東静雄論、書誌研究の集大成決定版。講談社現代新書版『伊東静雄 孤高の抒情詩人』を第一部に、その後発見された新貸料による「わがひとに与ふる哀歌」論を加え、五月書房版「伊東静雄論」から重要と思われる二篇の論考を再録し、同書所載の研究貸料を基に新たに書き下ろされた増補改訂版書誌研究を併せた大作である。
【「あとがき」より】
 一九八〇年の夏。長い課題だった書き下ろし詩人論『伊東静雄』を講談社現代新書の一冊として刊行することができた。思えば筆者の人生の三分の二以上の時間はこの浪曼詩人の詩的衝撃に憑かれていたといってよい。あの一九四五年の初夏。一冊のアンソロジーで「水中花」と「八月の石にすがりて」を読んだ。その詩的感動はそれまでに読んだどんな詩篇よりも異様にと呼んでよいくらい苛烈であった。その衝撃は極めて危険に満ちた美しさだった。あの退廃し崩壊寸前だった時代にあって、これらの詩は自己の強制される不条理な死さえも、享受することができるといった内的衝迫さえ伴ったのであった。
(中略)
 伊東静雄への長い道程は筆者にあっては負の起点から第一歩を踏み出したといってよい。その着手は先ず、同時代からのこの詩人を語る膨大な、そして散逸しかかった研究文献の渉猟から始った。つまり、静雄詩が如何に読まれたかを通じて、十代の半ば苛烈な一撃を与えたこの詩人の実像を知ろうとしたからである。その詩的享受としての静雄詩の読まれ方はそのまま、昭和という時代の知識人たちの精神的軌跡を形成していた。(後略)
     ――一九八三年 早春
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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『立原道造 忘れがたみ』(旺文社文庫版)
2017/06/22(Thu)
【書名】立原道造 忘れがたみ
【シリーズ名】旺文社文庫 200―1
【発行日】昭和五八(一九八三)年三月二五日
【発行所】旺文社
【体裁】文庫版、カバー装。カラー口絵(アート紙)四頁。カバーと口絵のカラー写真・佐藤英世。立原道造のカット・写真・図版・文学散歩地図など多数収録。
【頁数】二六七四頁
【定価】三六〇円
【目次・内容】
 PROLOGUE―美しい明日は……
 浅き春に寄せて
Ⅰ 風立ちぬ――昭和十三年五月―九月・信濃追分
  萱草の昼に
  愛する
  草に寝て
  ひとり林に……
  また昼に
  夕映えの中に
  夜を詠める歌
  野花に捧ぐ
 間奏曲――オルフェのソネット・昭和十三年九月
  オルフェのソネット
Ⅱ 林檎実る頃――昭和十三年九月―十月・盛岡
  北へ……
  林檎実る頃
  雨の言葉
  ランプよおまえのために
 間奏曲――風信子・昭和十三年十月―十一月
  夕映えばかりをのこして……
  旅人の夜の歌
Ⅲ 昨日よりも美しく……昭和十三年十一月―十二月・長崎
  わがまどろみは覚めがちに
  歌ひとつ
  何処へ?
  昨日よりも美しく……
  天の誘い
  旅のおわり
  傷ついて、小さい獣のように
 EPILOGUE―忘れがたみ
  忘れがたみ
  風に寄せて
 年譜
 解説――文庫版の読者のために(昭和五十八年二月)
【解題】
 基本的には初版単行本(文京書房・昭和五〇年三月刊)を文庫化したものであるが、「新たに数かずの資料や写真を入れて、文庫本の新しいタイプを試みた。それはそのまま、『立原道造文学ツアー』の手引きともなり得るだろう」(「解説」)という仕上がりになっている。初版の単行本も捨て難いが、確かにこれは文庫版というスタイルの方が似合っているかもしれない。
 個人的なことを書くことを許していただくなら、この本は私が明大に入学した年(それもちょうど合格を確認し、希望を抱いて入学の手続きをしている頃)に刊行されたもので、実際に手に入れて熱に浮かされるようにして読むのはその二年後だが、四年次の「詩歌研究」のテキストに使われたこともあり、たいへん思い出深い一冊である。
 四年生の春(昭和六一年四月の終わり)、小川ゼミ初の軽井沢合宿の予約を取るために、この本と『堀辰雄 その愛と死』を携えて、信濃追分の油屋旅館に直談判に行ったのだった。奥付の余白に「昭和60年2月16日 三省堂にて購入」と書いてある。二冊とも、その二年後の昭和六二年に廃刊になった旺文社文庫。社会思想社の現代教養文庫とともにほかの大手出版社の文庫にない、ちょっと毛色の変わった良書が揃っていたので残念でした。当時は新刊書の棚から買ったのでした。この二冊はぜひとも復刊してもらいたいものです。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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『ジュニア版 目でみる日本の詩歌⑪ 現代の詩[一]』
2017/04/29(Sat)
【書名】現代の詩[一]
【シリーズ名】ジュニア版 目でみる日本の詩歌⑪(全一五巻)
【発行日】昭和五七(一九八二)年四月一日
【発行所】TBSブリタニカ
【体裁】B5変形(190ミリ×245ミリ)極厚表紙、カバー装。本文(一~一二〇頁)アート紙。装幀・太田徹也。
【頁数】一五〇頁
【定価】二二〇〇円
【監修】井上靖・山本健吉
【目次・内容】
はじめに
この巻の構成と使い方
(以下、カラーページ掲載作品。作者の並びは生年順)
田中 冬二……「青い夜道」/「鷽鳥」
吉田 一穂……「Delphinus」
蔵原伸二郎……「遠い友よ」
丸山  薫……「神」/「虎になれ」/「白い鳥」
尾形亀之助……「夜がさみしい」
北川 冬彦……「楽器」/「雑草」
三好 達治……「村」/「チューリップ」「土」/「大阿蘇」
堀  辰雄……「天使達が」
竹中  郁……「旅への誘ひ」
坂本  遼……「春」
神保光太郎……「秋の童画」
藤原  定……「ナワ飛びする少女」
阪本 越郎……「花ふぶき」
伊東 静雄……「夏の終り」/「夜の停留所で」
津村 信夫……「ある雲に寄せて」
菱山 修三……「来訪」
大木  実……「初夏」/「子供と暮しながら」
木下 夕爾……「小さなみなとの町」
立原 道造……「村はづれの歌」/「草に寝て……」
(一二一頁以下、やや厚い普通紙)
現代詩の流れ――昭和二〇年まで(本文二段組、二一頁)
現代の詩[一] 関係年表(五頁)
さくいん〈人名・事項〉〈掲載詩〉(三頁)
【解題】
 見開きのカラーページに一篇の詩とその詩をイメージした写真をレイアウト。次ページの見開き本文が詩の鑑賞になっていて、下段に、①作者(の略歴) ②語句(の注解) ③参考(作品の鑑賞あるいは作者理解を深める手引きとなる参考作品)がマウントされている。
『目で見る日本の詩歌』の名の通りビジュアルに訴える文芸鑑賞書で、古典から現代まで全一五巻のうちの一冊。『ジュニア版』と銘打たれているように、小・中学校の国語教科書に収録されている詩人の作品を中心に採られている。本文解説の文章も「です・ます調」で、おもに中学生くらいの生徒を対象に平易に書かれているが、その内容は非常に濃く、一種の事典として、日本全国津々浦々の図書館に配架されたようだ。
 ジュニア向けどころか、大学のテキストにもなった。私(西山)が明治大学に入学したのは、この本が出た翌昭和五八年であるが、一、二年生が受ける一般教養過程の「文学」の授業のテキストに使われた。その前後に入学した学生には非常に懐かしい本だと思う。
 前期と後期に提出させられたリポートは、この本の体裁に倣って、自分の好きな詩を一篇採り上げ、その「鑑賞文」を書き、作者紹介と語句の注解を付け、「参考詩」も上げるというものであった。今にして思えば、一般教養の授業としては相当にレベルの高いものであった。
 個人的には、その四年後の卒業時に、小川和佑先生からの斡旋で『日本文芸鑑賞事典』(ぎょうせい刊)の原稿を書く時にたいへん役に立った。というより、入学間もなく必死になって書いたリポートが、その下勉強になっていたのだろう。特に、一般向けに「です・ます調」で平易に書くという技術の習得には、大いに参考になった。
 それにしても、つくづく思う。詩はいつまでも古びない。小川和佑先生の解説も普遍の真理を突いている。オジサン、オバサンになっても、繙けばすぐさま、若き日の新鮮な気持ちに立ち返らせてくれることだろう。
☆西山蔵書
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『各駅停車 栃木県 全国歴史散歩⑩』
2016/09/17(Sat)
【書名】各駅停車 栃木県 全国歴史散歩⑩
【発行日】昭和五六(一九八一)年六月三〇日
【発行所】河田書房新社
【体裁】四六判、ソフトカバー、透明ビニールカバー付。
【頁数】二五四頁+索引四頁、栃木県内国鉄各駅所在地一覧。
【定価】九八〇円
【目次・内容】
栃木県――人間・歴史・風土
宇都宮駅
東北本線(宇都宮以南)(宇都宮以北)
日光線
両毛線・足尾線
真岡線
鳥山線
東武鉄道(東武日光線)(東武宇都宮線)(東武鬼怒川線)(東武佐野線)(東武伊勢崎線)
バス路線(那須温泉郷)(日塩もみじライン)(奥鬼怒川渓谷)(奥日光)
(那珂川流域に治って)
〈付録〉栃木県出身者者名人/栃木県内の国指定・県指定文化財/栃木県内の教育・文化施設/栃木県庁・市町村役所・役場一覧/参考文献
栃木県内国鉄各駅所在地一覧
索引
小川和佑著『各駅停車 栃木県』カバー
【囲みコラム・エッセイ】
宇都宮の近代事始め      もう一つのシルクロード
地図にない路線を走る急行   酒と花と人と
下野の「おくの細道」     日光線エピソード
日光羊羹           含満ヵ渕の化け地蔵
東照宮案内          修験道の霊場
山本有三『路傍の石』     栃木市あれこれ
勇将天徳寺了伯を語る     足利の伝説二題
文学のなかの尊氏像      烏山の山あげ祭
烏山の梁魚          昭和凶作の小作争議
那須氏の興亡         日光山の稚児物語
東武蒸気機関車物語      土方歳三奮戦す
「将門記」幻想        うずまのなまず
盗人こはきとどろくの里    回想の矢板線
竜江院のエラスムス像     民謡「八木節」の堀込源太
運命の九曜星         山医師・見川鯛山
現代に蘇る九尾狐       民話に残る五十里湖決壊
下野の民俗・芸能       哲学青年、藤村操の死
日光の花暦          馬頭たばこ小史
那須国造碑          栃木の文学碑
下野の地酒
【解題】
 口絵四頁アート紙カラー写真七枚。表紙写真は「千人武者行列」(撮影・富田文雄)
 これまた異色の一冊である。小川和佑先生の著書の中でおそらく一番の異色作であろう。先生のフィールドの広さといったら……。
 このシリーズは、全国都道府県別に各駅停車に乗って旅しようというものだが、単なる旅行案内書というのではなく、「全国歴史散歩」と銘打っているように、地域ごとの人と風土の特質に焦点が合わされている。どちらかというと書斎派のように思われがちの先生であるが、実はアクティブな行動派でもあり、フィールドワークも巧みなのであった。本書ではそれが遺憾なく発揮され、読み物としても面白く読める。
 
 県内で圧倒的に多いのは「おくのほそ道」の芭蕉の句碑である。そのこと、栃木県の文学の多くが旅行者によって書かれていることを集約的に具現している。
          ――「栃木の文学碑」
☆西山蔵書
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『きみはうまく文章が書けるか』
2016/09/06(Tue)
【書名】きみはうまく文章が書けるか
【副題】この一冊で苦手の作文もらくらくと!
【シリーズ名】吉野ろまん新書・23
【発行日】昭和五六(一九八一)年六月二二日
【発行所】吉野教育図書(大阪市阿倍野区)
【体裁】新書判、ソフトカバー装。
【頁数】二一八頁
【定価】四五〇円
【企画・解説】松永伍一
【目次・内容】
 はじめに――文章を書く
第一章 なにを、どう書くか
  なにを、どう書くかということ   君は作文が書けるか
  ちょっと難かしい話  中学一年生はこんな作文が書ければよい
第二章 どう書くか、書くための条件
  原稿用紙物語     どういう原稿用紙が使いやすいか
  原稿用紙の使い方   使いよい筆記具――鉛筆・万年筆物語
第三章 読者を想定せよ、集中力をつけよ
  読者を想定せよ      集中力をつけよ
  短い文章からはじめる   段落・構成を考える
  原稿を書く        私の美味求心談
第四章 主題・構成・表現
  主題と構成――タイ焼き作文論   表現さまざま
  続・表現さまざま     高校入試のための三〇〇字作文
第五章 本から表現へ、表現から本へ
  言語と表現を考える    読書感想文を書く
第六章 表現への出発
  表現への出発       言葉の広場に生きる
  よい文章と悪い文章    文章の魅力
 あとがき
 解説・書くことのよろこび  松永伍一
【解題】(※未読)
 目次から察するに、主に中学生向けに書き下ろされた文章指南の啓蒙書。しかし、「原稿用紙物語」や「私の美味求心談」などの項目を見ると、よくあるいわゆるハウツー本とは趣を異にしたものであろう。「言葉と表現を考える」など(おそらく表現は易しく書かれてあっても)レベルは相当高いものであろうと推察される。 
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『文明開化の詩』
2016/05/15(Sun)
【書名】文明開化の詩
【発行日】昭和五五(一九八〇)年一〇月二五日
【発行所】叢文社
【体裁】四六判上製、角背厚表紙、カバー装。
【頁数】二五七頁
【定価】一五〇〇円
【目次・内容】
1 詩的なるものとの遭遇
2 西方からの声
3 開花思想とナショナリズム
4 啓蒙としての民権歌謡
5 実験詩『新體詩抄』
6 詩のなかの精神史(1)
7 詩のなかの精神史(2)
8 新しき詩歌の時代へ
9 エピローグ―近代詩の光と影
 明治詩史年表
 参考文献
 あとがき
【解題】
(※調査中)
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盛夏の太陽――詩的体験としての
2016/05/09(Mon)
 かつて、静雄詩の最初の発見者であり、昭和十年代の特異な思想家であった保田與重郎は「詩情する事情の悲しい事実に於いてのみ詩人は詩人と出会した。今さういふ事実をのみ知ると広告せねばならぬ。」と言った。そして、さらに「彼は詩情でものを見たのではない、詩情でものを測ったのではない。風情を詩概念に一度もはめこんでゐない。」とも言った。
 静雄の「曠野の歌」には人を激情させるものがある。しかし、その激情は暗鬱な激情と呼ぶべきものである。
 私自身の詩的体験に即していえば、今となっては遥かな十代の半ば、一冊のアンソロジーの中にこの「曠野の歌」を発見した折り、暗鬱な激情に駆られた思いがある。それは保田與重郎的表現にしたがえば「詩情する事情の悲しい事実に於いてのみ詩人は詩人と出会する。」というのにも似た衝撃であった。
  わが痛き夢よこの時ぞ遂に
  休らはむもの!
 それは中原中也の詩、三好達治の詩から受ける詩的共鳴とはまったく異なるものであった。あのまろやかに柔らかく心を包みこむ甘美な抒情の陶酔を、この「曠野の歌」は与えてはくれなかった。
 私はあの時、その暗鬱の激情から遁れようと、手にしたアンソロジーを部屋の片隅に放置したはずだった。にもかかわらず、その一句「わが痛き夢よ」という言葉が、私にさまざまな幻覚を与えた。その言葉は奇妙に詩的具象をともなわず、ただ真夏の苛烈な白熱した陽光のように、瞼の裏にいつまでも消えずに残っていることに、言いようもない苛立たしさを覚えていた。
 伊東静雄の一連の詩は、西脇順三郎の『Ambarvalia』のギリシア的明解さ、清涼感と較べた時、いかにも晦渋で詰屈していた。
 あの頃、日本の都市という都市はすべて焼土の荒野だった。私はその焼土に月光の射しこんでくる焼トタンの小屋に、藁を敷き、欠けた皿に魚油を点し、乏しい夕餉をとる毎日だった。藁の中に体を沈めると、その小さな小屋の中に月光は明るい縞を作った。――このまま眠る。そのまま次の朝がきても、もう私の目覚めは二度となくてもよいと思った。
 しかし、私は藁の中できまって、重い朝の目覚めを感じるのだった。そして、その一日の終わりに、大きな太陽は茶褐色一色の荒野に揺るぎながら沈む。私はそういう太陽を飽かずに眺め、きょうも一日生きたと思った。
 生きたという実感はあっても。それに少しの歓びもともなってはいなかった。私が伊東静雄の詩に出逢ったのは、そういう少年の夏であった。
 あれから幾度もの夏が、過ぎていった。その間に茶褐色の荒野は再び街になり、街の涯に沈む夕日はいつか見られなくなった。われは私の「痛き夢」だった。私はいつも「曠野の歌」を忘れようと思い、そう思うことで、いっそう静雄の詩を意識し続けなければならなかった。
 あれからの長い歳月の中で、私の手元にはいつの間にか『反響』『わがひとに与ふる哀歌』『詩集夏花』『春のいそぎ』の順で積み重ねられていった。
 静雄の「痛き夢」は、異質の文化に生きることを余儀なくされた者の拒絶と孤立の中から生まれた精神世界の所産であったのに違いない。大阪という物質優位の風土にあって、なおかつ生きねばならぬとすれば、夢位に集約される精神の純粋さだけがわずかに生の均衡を形作る手段であった。
 私にとっての静雄の詩の「痛き夢」は、いつも盛夏の季節と結びついている。激しく照り返す蒼鉛色の強烈な日射しの中にひとつの影がふと浮かぶように、その影をかすかな眩暈と感じながら、いつまでも凝視し続けるようなそんな情感が、伊東静雄という詩人の名を思い出す毎に湧いてくる。
 その場合、脳裏に浮かんでくるのは、決まって、
  わが死せん美しき日のために
  連嶺の夢想よ! 汝が白雪を
  消さずあれ
という「曠野の歌」の冒頭の詩句であった。

     ――小川和佑『伊東静雄 孤高の抒情詩人』(昭和五五年七月・講談社現代新書)「第3章―創造者への自覚」より
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『伊東静雄 孤高の抒情詩人』
2016/04/26(Tue)
【書名】伊東静雄 孤高の抒情詩人
【シリーズ名】講談社現代新書・五八五
【発行日】昭和五五(一九八〇)年七月二〇日
【発行所】講談社
【体裁】新書判
【頁数】二三七頁
【定価】三九〇円
【目次・内容】
序―新しき古典として―静雄頌
第1章―詩人の生い立ち
第2章―青春、あるいは詩人の出発
第3章―創造者への自覚
第4章―わがひとに与ふる哀歌
第5章―日本浪曼派と伊東静雄
第6章―八月の石にすがりて
第7章―わが家はいよいよ小さし
第8章―雲雀の歌
あとがき
伊東静雄年譜
参考文献 Ⅰ単行本 Ⅱ雑誌特集号
【解題】
 講談社現代新書の文学評伝シリーズの一冊として書き下ろされた詩人の評伝。伊東静雄を語ると先生は一層熱くなるようである。先生の文体は元々きびきびした端正で明晰な、時には清冽なといってもいいものなのだが、本書ではそれが際立っている。文章的にはもしかしたらベストワンに挙げてもいいかもしれない。
 一九八〇年当時、なぜ今、伊東静雄なのか。
 
 ……伊東静雄の詩を振りかえってみると、その詩はまことに激しく、重い。
 ……  ……
 その激しさ、重さが、教養化、技術化してしまった各種のメディアで日常生活の送りこまれてくる無数の詩にない、詩の原質を感じさせる。そこに伊東静雄の魅力がある。
 一人の詩人の詩業を語るためには、その詩人の全生涯は不即不離の関係であり、詩人の生涯とはまたその作品のすべてにほかならない。伊東静雄の生涯は真摯でひたむきな四十七年であった。彼ほど人生を凝視し、純化しようとした詩人は稀である。
 日本近代文学の課題としての、いかに生きるかという切実な主題を考える場合、そこに北村透谷から伊東静雄へという近代日本の知識人たちの軌跡といったものが思い浮かぶ。
 静雄の詩の凝視と純化は、人生そのものへの熱い視線であった。――それはそのまま詩の原質といえよう。伊東静雄の詩は、現代が既に過去のものとして捨て去ってしまった熱い魂をひたむきに蘇らせるものがる。
 ……  ……
 われわれは、伊東静雄の詩に示された詩の原質を、ふたたびわれわれの魂のうちに回復させるために、この苛烈な夢の詩人の生涯をその詩との対話を通して再検討するべき必然がある。
――「序―新しき古典として―静雄頌」

 それから丸二〇年経ってこの稿を書いた西暦二〇〇〇年現在も、さらに一六年を経た平成二八年現在も、このことは益々考えられていいことである。伊東静雄没後六三年、著者小川和佑没後一年半。新潮文庫の『伊東静雄詩集』と併せて今再び読み返すべき本である。
 
 ……この一冊は、「私の伊東静雄」的な色彩の濃い評伝となったようである。本書の後には、たとえばいまも継続している「伊東静雄書誌」の仕事や、「研究文献目録総覧解題」を踏まえての「伊東静雄研究史」のようなもの、あるいは個々の作品を一篇ごとに追求する作品論などの新しい課題に取り組まねばならないかも知れぬ。時間と健康が許すならば、それらに着手せねばという心が強くなったいる。
――「あとがき」
 
 これはわずか二年半後に『伊東静雄論考』で結実することになる。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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