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『立原道造の世界』
2014/11/12(Wed)
【書名】立原道造の世界
【シリーズ名】講談社文庫・62/1 C68
【発行日】昭和五三(一九七八)年一〇月一五日
【発行所】講談社
【体裁】文庫判(カバーは講談社文庫の初期スタイル)
 カバーデザインは伊藤憲治。「この文庫版の一冊は、立原道造の久松小学校時代の同級生でデザイナーであり、盛岡の立原詩碑の設計者である伊藤憲治氏の装本に成る。これは私にとって望外な喜びであった」〈文庫版に収めるにあたって〉
小川和佑著『立原道造の世界』カバー
【扉・口絵】二頁、アート紙。表・昭和13年銀座にて(近藤武夫撮影)、裏・水戸部アサイに渡した自宅略図(昭和13年5月)
【頁数】四四〇頁
【定価】四六〇円
【目次・内容】
 第一章 立原道造の世界
  1 十四行詩における花の位相
  2 立原道造と葛飾
  3 詩の形成
  4 あひみてののちの・鮎の歌
  5 道造詩の語法
  6 萱草に寄す・暁と夕の詩
  7 風を主題とする詩
  8 立原道造と同人雑誌
  9 続・立原道造と同人雑誌
 第二章 夭折者の文学
  1 「物語」のアンリエット実像
  2 詩集『優しき歌』の主題と構想
  3 新資料水戸部アサイ宛書簡をめぐって
  4 詩集『優しき歌』の成立
  5 風土的転位後の可能性
  6 夭折者の運命
 第三章 立原道造をめぐる詩人たち
  1 三島由紀夫における詩的出発
  2 吉本隆明の風
 第四章 解題・新資料
  1 立原道造研究の指標
  2 新資料水戸部アサイ宛書簡・解題
  3 立原道造年譜
  新版『立原道造研究』後記(昭和五二年 春)
  文庫版に収めるにあたって――覚書にかえて
  (一九七八年 秋)
【解題にかえて――「新版『立原道造研究』後記」と「文庫版に収めるにあたって」を抜粋要約】
 新版『立原道造研究』は、同名の旧版の増補改訂版ではない。この一書は既刊の私の立原道造に関する諸論の集成といったものではなく、全く新らたな一冊である。
 立原道造研究に関する私の最初の一冊は、審美社版の旧版がそれである。この一九六九年刊の論考は、その後次次と発見された新資料等によって、旧版の延長上にある論が、その後も書き継がれていった。
 この一冊を書き終えた時点で、立原に関して、もし彼に残されているものが今後にあるとすれば、彼の個個の作品を対象とした作品研究であろうし、また詩人の生涯に関する伝記的研究であろうと、この旧版のあとがきに記した。この課題によった論は、その後、増補改訂版としての五月書房版『立原道造論』となり、――それとともに二冊の評伝、教養文庫版『優しき歌・立原道造の詩と青春』、文京書房版の『立原道造・忘れがたみ』となった。
 旧版刊行後、六巻本の新『立原道造全集』が刊行され、新らしい事実、資料等が加えられた。(ほかにも幾多の新事実が明らかになった)。
 しかし、この新版を執筆するに当って重要な動機となったものは水戸部アサイ氏から手渡された立原道造の同氏にあてた十五通の新資料書簡と、拙宅を訪問してくれた同氏の回想であった。
 この新資料によって、私の旧い立原論は決定的に訂正されねばならなかった。これらの新資料書簡は立原の夭折直前の文学と思想に関するのみならず、私に旧著を破棄させて、新らたな立原論考の着手をうながすことになった。
 本書の構成は旧版に倣って、序章および本章四章をもって構成した。「四季」という文学的気圏を無視して、立原論は成立しない。立原の文学を個という枠組において限定せず、昭和文学、昭和精神史において全的に把握しようとした旧版の意図は、むしろこの新版においてより強く意識している。
 本書『立原道造の世界』は、文京書房版『立原道造研究』より、第一章から第四章までの、主として詩人論に関する部分を抜粋、再構成したものである。今回、この講談社文庫に収めるにあたって、文庫本という性格を考えて、文京書房版をそのまま収録することをしなかった。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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『美しい村を求めて 新・軽井沢文学散歩』
2014/10/25(Sat)
【書名】美しい村を求めて 新・軽井沢文学散歩
【シリーズ名】Yomi book
【発行日】昭和五三(一九七八)年八月一日
【発行所】読売新聞社
【体裁】新書判
【頁数】二〇六頁
【定価】五〇〇円
【目次・内容】
序章 あるプロローグ
第一章 有島武郎・その純粋と死と
第二章 沙羅の木蔭・芥川の恋
第三章 美しい村
第四章 さらば夏の光
第五章 軽井沢の青春
第六章 信濃の歌
第七章 川端康成の軽井沢
第八章 軽井沢いくたび
 参考文献:P192
 軽井沢文学年表:P193~203
 あとがき
【解題】
 口絵4頁(カラー写真10枚)。巻末に折り込みで「文学碑案内図」が付属。
(※内容に関しては調査中)
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『評伝 堀辰雄』
2014/08/19(Tue)
【書名】評伝 堀辰雄
【シリーズ名】ロッコウブックス
【発行日】昭和五三(一九七八)年六月一五日
【発行所】六興出版
【体裁】四六版ソフトカバー、カバー装、帯付。ブックデザイン・蟹江征治。
【頁数】二一三頁
【定価】九八〇円
【目次・内容】
 序章 堀辰雄詩集
 第一章 生の意識―生涯のフィルム
  堀浜之助  作家の幼年
  下町育ち―『幼年時代』と堀辰雄
  内海千江―『麦藁帽子』の原風景  一高入学
  母・志気の死  補説「花を持てる女」
 第二章 『聖家族』まで―芥川龍之介の死
  大正文学の終焉  「ルウベンスの偽画」
  ブリュー・バードという娘  芥川龍之介の死
  宿痾の発病―昭和三年の肖像  「聖家族」まで
  「文學」創刊
 第三章 心理主義の快楽
  東京人の感性  「聖家族」の周辺
  心理主義の快楽  静かなる意志―回復期
  補説『聖家族』  「美しい村」へ
  神戸・竹中郁―私的プルースト体験
 第四章 生の輝き
  「四季」創刊  一九三三年・夏  立原道造
  生の輝き  物語の女―信濃追分
 第五章 鎮魂
  桜沢の越冬  風立ちぬ
  富士見高原療養所  鎮魂  補説 一枚の絵
 第六章 さらに再び
  アヴェ・マリア  『大和路・信濃路』
  未完の小説―「水のうえ」をめぐる
  さらにふたたび……―戦後の堀辰雄
 主要参考文献目録
 あとがき
【解題】
 口絵写真二頁(堀辰雄肖像昭和九年秋追分の氷室前にて・軽井沢の旧堀家別荘・「四季」追悼号四冊・短編集『風立ちぬ』昭和一二年六月初版・片山慶子〈廣子の誤植〉宛書簡昭和一四年九月一日)
 本書は、『「四季」とその詩人」』にはじまり、立原道造、三好達治、伊東静雄の各研究・論考に続く、「四季」五部作の最後の巻に当たる一冊。
「従来の拙稿のように作品論を離れて、専ら伝記的事実に拠りながら作家像を描いて行くことを意図した」もので、「事実を通じて、その生涯をたどりながら、そこに自ずと形成されて来る作家そのものを大正・昭和という流動の激しい時代を念頭に入れて、人と時代のなかで堀辰雄をとらえてみたかった」(「あとがき」))とある。
 ところが、実は本稿には、当時の資料不足によりその事実の部分で重大な誤謬があった。短篇小説「麦藁帽子」の「お前」のモデル(もしくは原形)は、国文学者・歌人で明治大学硬式野球部初代部長で野球殿堂入りもしている内海弘蔵(月杖)の〈長女〉の千江とされているが、これは〈次女〉の妙子の誤りである。このことは、八年後の『堀辰雄―作家の境涯―』(昭和六一年四月・丘書房刊)で訂正されているが、中島昭氏が『堀辰雄覚書』(昭和五九年一月・近代文藝社刊)でその虚実を詳細に考証し、その著書の巻頭に掲げられた資料写真によって従来不明だった部分が明らかにされたのであった。(なお、中島昭氏の『堀辰雄覚書』の帯には小川和佑先生の推薦文が印刷されている)。
☆西山蔵書
 
※ということで、基本的には編年体で編集している当『著書目録』の順番としてはおかしなことになるが、次に本稿の増補・加筆・訂正版である『堀辰雄―作家の境涯―』を挙げることにする。
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『文学アルバム 立原道造・愛の手紙』
2014/07/30(Wed)
【書名】文学アルバム 立原道造・愛の手紙
【発行日】昭和五三(一九七八)年五月一五日
【発行所】毎日新聞社
【体裁】四六版上製、角背空色厚表紙、カバー装、帯付。装画・立原道造、装丁/レイアウト・熊谷博人/おおきたかし。
【頁数】二一〇頁
【定価】九八〇円
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【目次・内容】
1 立原道造アルバム
 信濃追分
  旧軽街角の案内図/水彩りんどうの花
  詩集『萱草に寄す』/卒業設計
  追分の宿つがる屋/分去れの石仏
  物語集『鮎の歌』
 愛・別離
  水彩おけらの花/手書き地図・Ⅰ
  手書き地図・Ⅱ/紙ナプキンお手紙
  盛岡深沢別荘に遺された色紙/姫神山油絵
2 詩人の肖像
 生い立ち
  昭和十三年春浜町公園にて/小学校六年の詩人
  七五三の祝いに/幼年時の肖像
  幼年時の肖像―二歳の頃
 少年抒情歌
  ゆふすげびとの歌
 青春と文学
  ランプを持つ詩人/「四季」第2号
  分去れの常夜灯/分去れの観音像
  堀辰雄/樹下石仏
 はじめてのものに
  「四季」の「はじめてのものに」/詩人の肖像
  『萱草に寄す』の「はじめてのものに」
  「ゆふすげびとの歌」詩稿
 暁と夕の詩
  暁と夕の詩/聖パウロ教会/教会入口の聖像
 建築家・立原道造
  昭和十三年の詩人像/ロッジとコッテジー俯瞰図
  温泉旅館平面図/温泉旅館立面図/温泉旅館外観図
  軽井沢ゆるや旅館/石本設計事務所の詩人像
 優しき歌
  優しき歌/水戸部アサイへの手紙/水戸部アサイ
  風信子ハウス設計図1/風信子ハウス設計図2
 詩人の死
  立原道造詩碑近景/立原道造詩碑遠景
  「四季」立原道造追悼号
3 立原道造の手紙――水戸部アサイへ
 このあひだのばしたこと
 きのふ 手紙を書いて
 おまへとはなれてゐて
 あはただしくすぎてしまつた
 けふは夏の日のをはり
 おたよりありがたう
 お手紙と
 日曜日にはきつと
 ちひさな病ひが
 お手紙ありがたう
 たうとうひとりで
 豊岡で山陰線に
     *
 立原道造の手紙解題
4 旅人の夜の歌
 信濃の花々
 旅人の夜の歌
 立原道造の風信子ハウス
     *
 主要研究文献目録
 立原道造年譜
 あとがき
【解題】
 カバー写真〈表〉立原道造油絵(昭和一三年一〇月一八日作、盛岡の医師加藤健に贈った画)。同〈裏〉左上・『優しき歌』初版本、左下・『四季』第二号、右上・立原水彩画装の『四季詩集』、右下・立原水彩画の女郎花。
 見返し・立原自筆「のちのおもひに」。扉・立原の図書館設計メモ。
 カラー図版(立原水彩画、卒業設計パース、自宅地図、紙ナプキンに書かれた水戸部アサイ氏への手紙等)八頁。
 五二頁から一一六頁にかけて、立原道造が水戸部アサイ氏へ送った全十五通の手紙(はがき含む)がそのまま写真版で復刻されている。それに続いて、以上の詳細な解題。
 豊富な図版それも未公開資料を多く含む本書は、立原ファンには垂涎ものだが、単に文学アルバムというのを越えて、文学研究資料となるべく「立原道造資料集成」である。
☆西山蔵書
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『昭和文学の一側面 ―詩的饗宴者の文学』
2014/06/05(Thu)
【書名】昭和文学の一側面 ―詩的饗宴者の文学
【発行日】昭和五二(一九七七)年一二月五日
【発行所】明治書院
【体裁】四六判上製、角背ワインレッド厚表紙、光沢コーティングカバー付(帯もあった?)
【頁数】二五九頁
【定価】一八〇〇円
【目次・内容】
 まえがき
1 昭和十年代の文学
 川端康成における西洋の発見
 作家の幼年―堀辰雄の原風景
 萩原朔太郎の軌跡
2 「四季」の詩人たち
 紅、燃ゆる―三好達治抄
 立原道造・その愛と死
 中原中也とその時代
3 詩的饗宴者の文学
 中村眞一郎「恋の泉」
 三島由紀夫における少年期
 高橋和巳論
 詩的饗宴者の文学
4 女流文学の現在
 樋口一葉と明治女流文学
 夭折者・久坂葉子―戦後文学を視点として
 女流文学の現在
  初出誌一覧
【解題】
 四冊目の総合的文学論集。『詩神の魅惑』と『昭和文学論考』が文学史的視点に立つものだとすると、『詩の妖精たちはいま』と『現代詩・土着と原質』は状況論であった。本書は、その二つを併せ持つ性格を有している。
 第一部は、「川端、堀、萩原の三人の作家詩人を対象に、その精神の形成と確立について、大学における近代文学講読、あるいは演習に添って、論じたもの」(まえがき)だというのだが、どなたかこの時の講義あるいはゼミを履修してはいないでしょうか。当時小学生かもしくは中学に上がったばかりの私では話にならないが、非常に興味あるところだ。
 第二部は、「昭和前期の抒情詩人をその時代背景として論じたもの」であり、第三部は、「現代の詩と小説の領域にわたる作家、作品論」。詩作あるいは詩的体験がどう小説家に影響しているかという視点は、先生独自のもので、再三言うように批評の死角に入っている。
 第四部は、『詩の妖精たちはいま』(初出連載時原題「現代女流詩人論」)の「直線上に書き継がれたもの」。この本は、昭和文学の入門書として非常に適しているのだが、それもその筈、「今回は大学における近代文学、及び一般教養の教材といった性格をも持たせて見た」ということなのだ。
 以来、私などが現役の頃(一九八〇年代中頃)までの明治大学での講義・演習は、基本的にはこの路線で進められることになる。
 なお、個人的にこの本は、先生に出会う以前、『三島由紀夫少年詩』の次に手にしていたこともあり、非常に懐かしい本である。しかし、この本を手に取ると、浪人中のある苦い思い出がいつも思い出されてくるので、何とも言えない気持ちになるのであった。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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『増補改訂版 三好達治研究』
2014/05/31(Sat)
【書名】増補改訂版 三好達治研究
【発行日】昭和五一(一九七六)年一〇月一五日
【発行所】教育出版センター
【シリーズ】研究選書・13
【体裁】A5判上製、丸背藍クロース貼り厚表紙、機械函入り。
【頁数】四四三頁
【定価】六八〇〇円
【目次・内容】
第一章 三好達治の世界
 1 三好達治論序説
 2 川沿いの家―詩人の生い立ちをめぐって
 3 朝の旅人―その少年期について
 4 はるかなるものみな青し―青春の感傷性
 5 少年の日も人を恋ひゐし―抒情と宿命
 6 乱世の文学―『駱駝の瘤にまたがって』
第二章 三好達治の詩の形成
 1 昭和詩の形成―順三郎と達治をめぐって
 2 三好達治と同人雑誌―「青空」参加より「詩・現實」終刊まで
 3 続・三好達治と同人雑誌―「四季」創刊より「文學界」終刊まで
第三章 作品論への試み
 1 『測量船』論
 2 「甃のうへ」試論
 3 「雪」とその周辺
 4 「Enfance finie 」の世界
 5 「測量船」の短詩
 6 「頬白」一つの生命
 7 「大阿蘇」-達治における覇旅の詩
 8 「捷報臻る」をめぐる
 9 「雪はふる」―北陸流寓の詩
第四章 三好達治書誌研究
 1 新資料「蜂」等について
 2 三好達治新資料書簡―三国流寓をめぐる
 3 研究展望
 4 詩のなかの三好達治
 5 三好達治の詩集
 6 達治の俳句
 7 達治の短歌
 8 研究の視点
 9 研究文献目録総覧
 10 書誌一覧・解題
 年譜―付、同時代史
 初版あとがき
 「三好達治の世界」まえがき
 増補改訂版あとがき
【解題】
 とにかくたいへんな大著である。本書は初版本『三好達治研究』と『三好達治の世界』を併せ、版を改め、さらに加筆訂正され、前二著以後の三好達治論を加えたものである。昭和三八年一二月号「国文学」に「甃のうへ」論を発表して以来、十五年近くに渉る小川和佑先生の三好達治研究の集大成。
 圧巻はやはりその書誌研究。今こうして小川和佑著書目録を作成しているにつけ、先生の書誌研究がいかに大変だったか本当に実感として分かる。考えただけでも気の遠くなるような作業である。夭折した立原道造でさえ相当なものなのに。もちろんこれは研究の基礎に過ぎない。が、正確にその作品を読み、読解し、さらに批評しようと思ったら、是非とも必要な作業である。当の作者である詩人・作家の立場から言えば、また後代の研究家にしてみれば、全くありがたいことだと言わねばならない。
 ところで、すでに昭和四五年以前に書かれた第一章「三好達治の世界」の冒頭はこう始まる。
 
 若山牧水は〈さくら〉という、たぶんにこの詠題的な、通俗的といっていい歌の素材をもう一度、桜花そのものの詩的感動に還元することに成功した明治以後の最初の歌人であった。 ──「1 三好達治論序説」
 
 ここ十余年間(平成三年ころから)の比較的最近学生だった者にとっては、馴染み深い言葉が出てきたのではないか。今や先生は、「四季」の詩人はじめ昭和十年代の文学研究を中心とした国文学者というイメージより、すっかり「桜の文学」の伝道者といった趣を呈してきたが、そうなるにはやはり一朝一夕ではないのだった。
☆西山蔵書
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『リトル・マガジン発掘』
2014/05/22(Thu)
【書名】リトル・マガジン発掘 ―文学史の水平線
【発行日】昭和五一(一九七六)年八月三一日
【発行所】笠間書院
【シリーズ】笠間選書・61
【体裁】B6判ソフトカバー、透明梨地ビニール付。
【頁数】一七三頁
【定価】一〇〇〇円
【目次・内容】
 1「地球」第二次 「葦」―戦後の抒情の原点
   二種の「地球」創刊号
   第二次「地球」創刊
   「葦」創刊
   戦後思想をめぐって
     資料 「葦」創刊案内状  葦の会通信
 2「零度」―詩的青春の出発
   詩的青春の出発
   「零度」の出発
   「零度」創刊
   第二次戦後派としての「零度」
   金井直の場合
   「零度」終刊
     資料 山本太郎「零度」初出稿一覧
 3戦後時代思潮と「アルビレオ」
   創刊まで
   星の名―白鳥の嘴
   串田孫一をめぐって
   機械文明と精神の復権
     資料 『アルビレオ詩集』細目
 4「貘」―文学史の水平線
   文学史の水平線
   詩的青春の復権
   ネオ・ファンテジズム
   青春の収穫―「貘」その後
     資料 「貘」同人詩集一覧  「貘」同人名簿
 5「葡萄」―新しき原点へ
   「ユリイカ」まで
   続「ユリイカ」まで
   昭和三十年代の抒情的宇宙
   原点への回帰
年表・現代詩史 1945-1970
 あとがき
【解題】
 文学の営為は、もともと商業とは別のところ、つまり同人雑誌にその本流があるとみていい。文学の歴史はそのまま、これらリトル・マガジンの歴史といっても差し支えない。しかし、同人誌からやがて商業誌へと発展していったものや、一部の有力同人雑誌を除いて、語られることは少なかった。しかも、小説中心の同人誌の場合は、やがて職業作家として巣立っていく者が多かったから、別の視点から語られることもあったが、詩の場合は、ごくごく一部の人を除いてそもそも職業詩人というのが存在し得ないことから、尚更である。が、逆にリトル・マガジンへの依存というのか重要性は増し、それなしには語り得ないということになる。
 そこで、それを発掘しようというのだが、問題を論じる以前に、まずその収集自体からして相当な困難を伴う。本書ではひとまず、「全巻の閲読が可能になった『地球』『葦』『零度』『アルビレオ』『葡萄』『貘』の昭和二十年代の五誌について稿を起こした」(あとがき)ということになるのだが、現在ではそれさえも不可能だろう。
 本書は、小川和佑先生の同人雑誌への愛情、ひいては文学への限りない愛着が滲み出ている一書で、巻末の「年表・現代詩史」はたいへんな資料である。
 なお初出は、明大の後輩にあたる詩人の嶋岡晨氏が編集していた「無限」。昭和四九年七月から本書刊行時にも断続的に書き継がれていた。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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『現代詩・土着と原質』
2014/05/18(Sun)
【書名】現代詩・土着と原質
【発行日】昭和五一(一九七六)年五月一〇日
【発行所】教育出版センター
【シリーズ】以文選書・11
【体裁】B6判上製、丸背クロース厚表紙、カバー付。
【頁数】二五一頁
【定価】一六〇〇円
【目次・内容】
 第一章 心象空間・詩の原点
  1 心象空間・詩の原点
  2 抒情と映像空間
  3 現代詩における性と愛
 第二章 土着回帰と現代詩
  1 序説・幻影の家郷
  2 土着回帰と現代詩──片岡文雄と仁淀川
  3 詩と日常のあいだ
  4 等距離の鏡──状況と存在
  5 放浪と懐郷──土橋治重の詩と軌跡
  6 人間の源流に向って
 第三章 虚妄としての行動の思想──現代詩と小説と
  1 虚妄としての行動の思想──三島由紀夫論
  2 現代における愛の解体
 あとがき
【解題】
『詩神の魅惑』『昭和文学論考』に次ぐ三冊目の文学論集。収録された十一篇の論考は、昭和四六年六月から同五〇年一〇月にかけて各誌に発表されたものだが、雑誌の要請に基づいて書かれたものではない。前二作と大きく異なるのは、「文学史的展開」によるのではなく、「現時点における文学の状況を踏まえた」(あとがき)ものであるということ。ということは、これに先立つ『詩の妖精たちはいま』と、約十年後の『詩の状況・詩の現在』の系譜に存するということにもなる。
 
 現代の文学は衆に拡散することによって、本来、個であるべき文学の原質がいちじるしい崩壊に直面している。衆に拡散する潮流と、個に回帰しようとする詩人の精神との対流を論じようとするところに、本書の主題がある。(中略)文学がその原質の個に回帰しようとして結果的には再び衆に吸収されていってしまうのではないか。そういった文学の状況としての危機感がこれらの論を書かせたことになる。──「あとがき」
 
 それから四半世紀。二十一世紀に突入しようという現在も、相変わらずこのことは言えるので、というより、益々その危険を孕んでいる。いやもうそういう状況になっている? たとえば、ヒットラーなども、圧倒的な大衆に支持されて、合法的にしかも民主主義に則って登場するのだった。特に日本人には、本当の意味での個人主義はまだまだ根づいていない。好き勝手にやっているように見える若者たちも、結局マスに支配されている。──この稿、平成一二(二〇〇〇)年の執筆。
◎五十嵐蔵書
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『昭和文学論考』
2014/04/15(Tue)
【書名】昭和文学論考
【発行日】昭和五〇(一九七五)年四月二〇日
【発行所】三交社
【体裁】A5判上製、角背厚表紙、貼函入り。
【頁数】初出一覧を含め一九二頁
【定価】一五〇〇円
【目次・内容】
  第一章 立原道造論
 立原道造の未発表書簡――反『風たちぬ』の世界』
 『優しき歌』の成立と構想
 立原道造の晩年をめぐって
  第二章 昭和文学への考察
 堀辰雄における少女志向
 林で書いた詩・詩人伊藤整、文学的出発『冬夜』『雪明かり路』
 坂口安吾のイデル――「木々の精・谷の精』
 主知主義文学の系譜――中里恒子「マリアンヌ」考
 草野心平と「歴程」
  第三章 戦後小説・戦後詩
 詩と小説の接点――井上靖の文学
 小林秀雄と江藤淳
 革命の神話――黒田喜夫『不安と遊撃』
 苛烈な夢の果てに――高橋和巳論
 白石かずこ・その文学と思想
 『死の影の下に』――その史的意味
 中村真一郎論
  あとがき
【解題】
 昭和四七年九月から昭和四九年一一月にかけて各種国文学研究誌に発表された論文を、主題に従って再構成されたもの。
「『詩神の魅惑』で提起した問題を継承しながら、より鮮明に論旨の輪郭を明らかにしようとする意図を持つ」(あとがき)
 目次を見ただけでも分かるように、論点は多岐に渡っている。横軸を基調とした先生の二冊目の総合的文学論。
 冒頭の「立原道造の未発表書簡」は、例の水戸部アサイ氏宛のもの。全十五通のうち十一通が全集未収録で、初公開されたのは、初出時の「文学」昭和四九年七月号である。『立原道造 忘れがたみ』では評伝的に、こちらでは純粋に研究論文として提出されている。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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『立原道造 忘れがたみ』 
2014/04/05(Sat)
【書名】立原道造 忘れがたみ
【発行日】昭和五〇(一九七五)年三月一日
【発行所】文京書房
【体裁】四六版上製、角背厚表紙、カバー、透明ビニールカバー、帯付。カバーの色調が初版第一刷はグリーン系だが、二刷以降はセピア調に変更。立原道造のカット・写真・図版・文学散歩地図など多数収録。
【頁数】二七四頁
【定価】一二〇〇円
ogwkzsk-wasuregatami.jpg
【目次・内容】
 PROLOGUE-美しい明日は……
 浅き春に寄せて
Ⅰ風立ちぬ 昭和13年5月-9月・信濃追分
  萱草の昼に
  愛する
  草に寝て
  ひとり林に……
  また昼に
  夕映えの中に
  夜を詠める歌
  野花に捧ぐ
   間奏曲 オルフェのソネット 昭和13年9月
  オルフェのソネット
Ⅱ林檎実る頃 昭和13年9-10月・盛岡
  北へ……
  林檎実る頃
  雨の言葉
  ランプよおまえのために
   間奏曲 風信子 昭和13年10月-11月
  夕映えばかりをのこして……
  旅人の夜の歌)
Ⅲ昨日よりも美しく…… 昭和13年11月-12月・長崎
  わがまどろみは覚めがちに
  歌ひとつ
  何処へ?
  昨日よりも美しく……
  天の誘い
  旅のおわり
  傷ついて、小さい獣のように
 EPILOGUE―忘れがたみ
  忘れがたみ
  風に寄せて
 年譜
 立原道造・忘れがたみノオト
【解題】
 小川和佑先生の著作中最も版を重ねたものの一つ。にもかかわらず古書店に出回ることはほとんどなく、ということは一度手に取ったみなさんはその後もずっと大切に所蔵しているということなのでしょう。従って残念ながら私の手元にはないので(その後、昭和五二年六月一〇日発行の第四刷を手に入れるが)、旺文社文庫版(後述)を参考に若干の解説を。
 二十四歳半ばで夭折した立原道造は、「昭和十三年の春からその死までの一年、最後の燃えあがる炎のような熱い時間」(文庫版解説)の中にいた。それにほぼ重なるように立原は、最後の恋人・水戸部アサイさんに十五通の手紙を残している。しかしこれは単なる愛の書簡ではなかった。
 文学資料として貴重だというだけではなく、それはそのまま「詩人の詩的ドラマ」であり、「(前略)季節の推移を追って展開する書簡集はそのまま、詩人の最後の作品と読むことも可能」なのであった。この十五通はそれだけで「詩的世界を形成」し、「それは事実を記述したというよりも、詩人の最晩年の夢を語ったものといえるだろう」。
 これには立原固有の資質に基づく、詩の方法に関わる理論的な裏付けがあるのだが、本書ではそれを「詩人の夢語りに従って」、この十五通を詳細に追いながら、詩人晩年の肖像を評伝的に描くことになる。
 そこで特徴的なのは、それを一種の「ノンフィクション・ノベル」風に描いた点で、豊富な資料とともに「立原道造文学ツアー」案内ともなっている。これを片手に軽井沢に行った者も多いのではないか。もちろん散文で書かれているわけだが、非常に詩的な文体で、この本自体が一つの詩的物語とみなすこともでき、評論家・研究家というより、詩人小川和佑が書かせた本といえる。
(ところで、一巻のおしまいの方に、「堀内君」という明大の学生が出てくる。当時私などは小学生なので問題外だが、大学に入ってこれを読んだ時はずいぶん羨ましいと思ったものである。この人は、先生が明大の講師を兼任し始めた時の最初の学生で、わが小川ゼミ初代ゼミ長ということになっている堀内雅史さんである)。
☆西山蔵書(昭和五二年六月一〇日発行・第四刷)
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