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『百観音巡礼』
2017/10/28(Sat)
【書名】百観音巡礼 やすらぎと祈りの旅
【発行日】昭和六〇(一九八五)年六月一日
【発行所】実業之日本社
【体裁】本文新書判、丸背厚表紙(新書判よりやや大きめ)、コート紙カバー、帯付。口絵写真・アート紙一頁(坂東第一番杉本寺の写真と坂東三十三ヵ所巡礼歌の句)。装幀・安彦勝博。
【頁数】参考文献一覧を含めて二四四頁
【定価】一〇〇〇円
【国際標準図書番号】ISBN4-408-41043-8
【目次・内容】
 百観音への旅――序にかえて
西国路巡礼――古都の面影
南京秋色        西国第九番 興福寺南円堂
こもくりの泊瀬     西国第八番 豊山長谷寺
大友皇子ゆかりの    西国第十四番 長等山三井寺
洛東の聖地       西国第十六番 音羽山清水寺
坂東路巡礼――東国豪族たちの聖地
古都の青葉       坂東第一番 大蔵山杉本寺
湖畔の浄土       坂東第十八番 補陀洛山中禅寺
坂東最北の札所     坂東第二十一番 八溝山日輪寺
空に浮かぶ御堂     坂東第三十一番 大悲山笠森寺
秩父路巡礼――自由民権の夢
秩父のアフロディテ像  秩父第四番 高谷山金昌寺
自由自治元年の鐘    秩父第二十三番 松風山音楽寺
観音への道――西国三十三ヵ所
鎌倉期にはじまる東国の霊場――坂東三十三ヵ所
武甲山に臨む絹の里――秩父三十四ヵ所
 あとがき
 参考文献一覧
【解題】
 テーマとしては『寺のある風景 坂東三十三ヵ所』の続編で、百観音巡礼に絞った拡大版であり、造本としては『文学碑のある風景』に続く実業之日本社の「小B6判シリーズ」の第二弾にあたる。前半三章の本編と、その総説というべき後半三章の計六章から成る。
 前半の三章はそれぞれに旅の伴走者が異なる。一章の「西国路巡礼」は奥様。これが好いのである。その会話により、旅の進行やそこに語られる故事・風物・物語の解説を兼ねているのだが、本文中でも、

 ――なんだ。これじゃあ、季節こそ違え、まるで堀辰雄の『花あしび』の旅みたいなもんじゃないか……。私は心の中で呟いた。
     ――「西国路巡礼」「南京秋色――西国第九番 興福寺南円堂」


 と断っている通り、ちょっとくすぐったいようだけど、たいへん微笑ましくも好ましいものになっている。この時の奈良、大津、京都への旅は「十一月ももうなかば」ということだが、おそらく昭和五九年のことだろう。
 二章「坂東路巡礼」(の中禅寺と日輪寺)では、「宇都宮大学の学生渡辺君」がランドクルーザーを運転して取材に協力。そして三章「秩父路巡礼」で自家用車を運転し案内役を務めるのは、「私の演習(ゼミ)の学生の一人、明大生駒野君」である。
 後半の三章は、百の観音様について、①キャッチコピー的な一口紹介 ②番所ナンバーと寺の名称 ③本尊 ④二~三行の小解説 ⑤順礼歌(御詠歌)=春秋社版『日本歌謡集成』第五巻からの引用 ⑥所在地の住所とアクセス案内 で構成される。
☆西山蔵書
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『三島由紀夫―反『日本浪曼派』論』
2017/10/19(Thu)
【書名】三島由紀夫―反『日本浪曼派』論
【発行日】昭和六〇(一九八五)年四月五日
【発行所】林道舎
【体裁】四六版上製、角背朱色厚表紙、函入り、帯付。先の『中村真一郎とその時代』に準じた色違い同意匠。口絵アート紙一頁(終章の「一枚の肖像写真」で語られる剣道着姿の極めて健康で「どこにも精神の腐食の翳りがない」三島由紀夫のスナップ)。
【頁数】一五九頁
【定価】二〇〇〇円
【目次・内容】
誄辞――憂国忌十年祭に
Ⅰ 反『日本浪曼派』試論
 1 反『日本浪曼派』試論
   体験としての『日本浪曼派』 「水中花」・静雄詩
   戦後・反『日本浪曼派』   道造詩のナショナリズム
   午後の陽光
 2 昭和十年代の詩と思想
   「日本浪曼派広告」     浪曼派の詩人たち
   文学的に本主義       吉田一穂の詩
 3 伊東静雄
   ナショナリズムとしての『日本浪曼派』
   戦後の伊東静雄       『日本浪曼派』への参加
   浪曼者としてのナショナリズム意識
Ⅱ 終末からの出発
 1 三島由紀夫における少年期
   作家の死          特異な幼年形成
   詩を書く少年        「花ざかりの森」へ
 2 唯美と詩精神――「初期詩篇」「花ざかりの森」の位相
   作家の詩的体験       「初期詩篇」をめぐって
   「抒情詩抄」の周辺     『花ざかりの森』の世界
Ⅲ 花花の思想――作品論への試み
 1 短篇「剣」の美学――夭折への夢想
   所謂「三島事件」の記憶   一般論としての「武技」認識
   反時代的美意識       夭折への夢想
 2 文学とVisual Media ――川端、三島、中村の文学
   Visual Mediaのなかの文学  『雪国』とVisual Media
   Visual Mediaの肥大化    文学の危機
 3 『潮騒』紀行
   伊勢湾の海と空       夢幻劇の世界・海女の美しさ
   『潮騒』の愛        浄福の性
Ⅳ  憂国と死と
 1 虚妄としての行動の思想
   日本人の武器感覚      儀式と現実
   武技と教養         尚武の心
   再び美学について
 2 死者への献辞――回想としてのモノローグ
   『豊饒の海』終章      詩を書く少年への回想
   終末からの出発       一枚の肖像写真
 あとがき――憂国忌いくたび
【解題】
 戦後派の小説家で、小川和佑先生が終生追い駆けた二大作家は中村真一郎と三島由紀夫である。この一年半前(わずか一年半前!)に上梓された『中村真一郎とその時代』と対になる三島由紀夫論を集成した長編評論。本書の成り立ちは「あとがき」をそのまま引用した方がよいであろう。

 本書には作家の生前の一九六八年に執筆した反『日本浪曼派』論(原題「日本浪曼派」ノート」から、八四年の「死者への献辞」「憂国忌いくたび」までの十七年間の『日本浪曼派』論・三島由紀夫論を収録した。この中、「唯美と詩精神」を収めた『三島由紀夫研究』は研究の領域からの最初の一冊だった。この一冊が完成したおり、作家は非常に喜んでくれた。それを編者の一人としたいまは懐かしく回想する。――それから十五年、時代は深層で激動し、再び作家の思想が再評価されようとしている。ここに収めた諸論はその深層の逆流に対する筆者の刻々の意志を語ったものである。四章のそれぞれの主題は四重奏のように一つの統合された大主題を構成する。それは三島由紀夫逝き、保田与重郎の逝った現在、『日本浪曼派』の文学と思想とはなにかという問いに応えるべきものでもある。
 これは戦後詩・戦後文学に参加した筆者の自らにあえて問わねばならぬ主題でもあった。
 ――と同時に同時代者として、作家の輝かしい文学の出発から終末までを目撃した筆者の今年、憂国忌十五年祭に捧げる献辞でもある。
          ――「あとがき」(一九八五年 春)


 解題の必要がないほど明快に語られている。
 なお、Ⅲの2の「文学とVisual Media」は末尾(一〇五頁)に、

(補記)本稿は一九八四年五月十七日第四十五回国際ペン東京大会において、"Citnatune and Visual Media"のセクションで発表された原稿に基づいた一篇である。


 とあるが、"Citnatune"は"Literature"の誤植。「第四十五回」は「第四十七回」の誤りである。
 この国際ペン東京大会は、昭和五九(一九八四)年五月一四日から一七日まで東京新宿の京王プラザホテルで開催され、そのうち一五日~一七日の各三日間、分科会A、B、Cがそれぞれ開かれた。このうち分科会Cが"Literature and visual media"(文学と映像媒体)で、その最終日に小川先生は登壇した。
 この章はその発言を基にした原稿ということだが、おそらくその発言の元の原稿があり、元原稿、実際の発言、本書の決定稿と、それほど大きな異同はないものと思われる。つまり、最初から完璧な原稿を作成し発言したものと推測される。
 日本ペンクラブの公式ホームページによると、参加センター四五、海外からの参加二一九名、日本ペン会員参加三五一名、一般参加五三名と記録されている。
 当時、小川ゼミの現役の四年生であった仏文学専攻の五十嵐正人さんがその最終日に参加している。(本書の誤植に関してご教示を受けた。この場を借りて御礼申し上げます)。
 この大会の全体のテーマは「核状況下における文学――なぜわれわれは書くのか」というものであった。代表者会議で核兵器の廃絶についての決議案ほかが可決された。当時相当刺激的で画期的な会議として世間一般でも大いに注目された。私はやっと大学二年に上がって小川ゼミに入ったばかりで、文学を取り巻く現状認識などまるでなかったが、鮮やかな印象として記憶に残っている。
 時あたかも「1984」である。それから実に三十三年が経ったが、世界は良くなるどころか益々混迷を深め、核戦争の危機が「冗談じゃなく」現実のものとして目の前に迫っているというのにも拘わらず、一九八〇年代(の特にこの八三年あたりから八五年にかけて)の方がよほど危機感があったように思うのはどういうわけだろう。
「なぜわれわれは書くのか」という根源的なそして常に顧みられなくてはならない問いもとんと聞かれなくなった(ような気がする)。そんな青臭いことをと一笑に付していいのだろうか。この危機感のなさは、当時危機を感じて声を上げた多くの人がすでにこの世に亡いからなどというのじゃあるまいな!
 今こそ文学者はいっせいに卒倒すべきではないのか。パフォーマンスとしてでもいいから。今度の衆議院選挙に際して、国会議事堂前で本当に倒れてみたらどうだろう。(なら、お前がやれという話かもしれませんが……)。
          ――平成二九(二〇一七)年一〇月一六日記
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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人を愛することの意味
2017/10/14(Sat)
伴侶としての性と愛
 この「伴侶としての性と愛」というフレーズはそこに「人生の」という語が冠せられる。
 性と愛を抜きにして人の生涯は考えられないし、またそれが人生の意味の多くを占めるたいせつな要素であることも言うまでもない。
 ……  ……
 この現代の経済社会はいま文化の反省期なのだ。その反省期は「人間として」という強烈な意志において検証されねばならない。そのためには「伴侶としての性と愛」が新たに正面に提出された課題として重い意味を持って来る。
 この問題はかつて高橋和巳が長編『悲の器』で提示していた。法学者正木典膳の破滅の人生は性と愛とに操られている。生涯にただ一度の愛のために、あらゆる妥協を排して破滅を急ぐこの法学者の姿に、いま現代の性と愛をいかに考えるかが改めて提示されたきわめて良質なテキストとしての意味を持っている。
 ……  ……
東歌のなかの性と愛
 二本松市の郊外、かつての三春街道十字路に江戸後期の万葉歌碑がある。……  ……
  安太多良の
  嶺に伏す鹿猪のありつつも
  吾は到らむ
  寝処な去りそね
 安達太良山にやどる獣のように、私はいつもきまってお前を訪れよう。だから寝処を変えるなよ。――とまあ、こんな意味である。……  ……
 東歌には多くの民謡が収録されているからこれも民謡だと考えれば、これは労働歌ではなかったろうか。苦しい労働のおり、心を励ますためにいまでもエロチックな歌などを歌って女たちに嬌声を挙げさせ、それを活力に男たちは労働の苦痛に堪えるという光景は現在で続いている。
 ……  ……
 ここでは「性」がごく自然に生産と労働の中に組み込まれている。その「性」には影がない。……  ……
  上つ毛野
  阿蘇のま麻むら かき抱き
  寝れども飽かぬを
  あどか我かせむ
 ……  ……
 これも元来は民謡だろう。「上つ毛野」が労働歌なら「安太多良の」と少しその質が違って、ここでは「性」は自らを鼓舞するために歌われている。……  ……
 ……  ……
 古代人の「性」は現代人のそれのように病んではいない。「伴侶としての性」はいつも労働・生産を活性化させる「性」である。「上つ毛野」の歌では「性」は歓喜であっても惑溺ではない。
 しかし、現代の「性」は古代の「性」のようにもう生産と一元化される要素を失っている。それは不毛の性としか呼びようもないほど荒廃したものである。問題はそれなのだ。現代人はもう一度、生産・労働・性の回路を回復させる必要はないか。
『悲の器』のように破滅へ向かって滑降する「性」ではなく、調和と上昇を志向する「性」を必要としてはいないだろうか。現代の男性たちはこの辺で、古代の「性」の原点にもどり意識そのものを変革しなくてはならない時期に至っているようだ。
 しかし、それだけではない。東歌だけで古代人たちの精神生活の総てを考えることも、危険である。東歌の中にはしきりに「し」という形容詞が多く使われている。
  多摩川に さらす手作り
  さらさらに
  なぞにこの子の
  ここだ愛しき
 
  我が恋は
  まさかも愛し 草枕
  多胡の入野の
  奥も愛しも
  (原文にはふりがなと語釈付き)
 ここではもう「性」は「愛」に昇華されている。「愛」という漢字(外来語)を「かなし」と訓ませた『万葉集』の表記者は、もうこれは詩人そのものであろう。
人麻呂歌に見る「愛し」
 その頂点が人麻呂歌ではなかったか。『万葉集』巻二の挽歌収められた「柿本朝臣人麻呂・妻死にし後に、泣血愛慟して作る歌二首 併せて短歌」にそれを見ることが出来る。
  秋山の
  黄葉を茂み 惑ひぬる
  妹を求めむ
  山道知らずも
 死者の魂は山に還るという。大和は四辺を山門に囲まれている。山に還った妻の魂を求めて黄葉した秋の山に迷い入る嘆きながら私なのだと、人麻呂は歌う。これは「愛し」の頂点である。……  ……
 この思いの深さに較べれば現代の愛と呼ばれているものがひどく軽薄に見えて来ないか。もっとも、現代の男性たちはとても気恥ずかしくて「愛」などと口に出してはいえないという一面はよく分かる。どうも古い意識の中には人生を仕事だげに鈍化して、一種の衆道者的精神を理想としている男性たちが多い。「愛」や「性」などというものは仕事の疲労回復剤の一種くらいに考えている。そこに人間としての欠陥があることをまるで気づいていない。……  ……
 ……  ……
 人麻呂歌は巻中の「石見国自傷歌」で挽歌の部を閉じる。
  鴨山の
  岩根しまける 我れをかも
  知らにと妹が
  待ちつつあらむ
 この歌には「柿本朝臣人麻呂 石見の国に在りて死に臨む時に、自ら傷みて作る歌一首」という詞書がついている。
 梅原猛の『水底の歌』によって、にわかに注目された歌だ。……  ……
 ……  ……
 ……  ……歌の意は「鴨山の岩を枕にして死んでゆこうとする我。その非業の死を知らずに妻はわが帰りを待ちつつあるだろうよ。」である。「岩根しまける」を行路死ととるか、刑死ととるかが解釈の分かれ目なのだが、いずれにしても自然死ではない死を「岩根しまける」に籠めている。それを水死刑と考えた梅原説はこの歌の凄愴を詩的に増幅すものだった。
 この歌は「愛し」の最極限下に歌われている。「知らにと妹が待ちつつあらむ」という下の句に、人麻呂の石見妻の依羅娘子の「愛の絶対」が彼には信じられている。こうなると、この「愛」は「性」から切り離されて心性そのもになっている。妻の「絶対の愛」と等質な「愛」を彼もまた所有しているからこそ「岩根しまける我れをかも」と嘆くのである。
 この「愛」の形は希釈されてしまった日常の次元ではなかなか見え難い。しかし、それが詩に昇華されたとき、その見え難いものがはっきり見えて来る。それが文学の最大の効用だといえる。それにしても、現代人のなん人が果して「知らにと妹が待ちつつあらむ」と歌いきれる自信を持っているだろうか。
 いま人間の精神は魂の空洞化、荒涼化の中で限りなく解体を急いでいる。復古主義という意味ではなく人麻呂歌再読の必要性は魂の回復のために必要ではないか。
 現代人がその人生の総てを仕事において純化しようと意志して来たことは、確かに近代の出発以来の大きな経済水準の格差から来る貧困から脱出するを得た。しかし、一方で考えて見ればその純化の志向は物的充足に対する熾烈な執着といえないこともない。
 物的価値観から見れば「万葉の性と愛」など取るに足らぬかも知れぬ。――が、それでは人間としての存在そのものはどうなのだと問いたい。荒野の時代だからこそ「伴侶としての性と愛」の意味は重い。
 極限すれば「愛し」を分らぬ人間に信がおけぬのだ。
 
     ――小川和佑『生きがいの再発見 名著22選』
        「3 伴侶としての愛と性――生の原点としての」
        「万葉集――人を愛することの意味」より
        (一九八五年二月・経林書房)
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『生きがいの再発見 名著22選』
2017/10/10(Tue)
【書名】生きがいの再発見 名著22選
(※「22」は横組みである)
【発行日】昭和六〇(一九八五)年二月二五日
【発行所】経林書房
【体裁】四六判ソフトカバ―、コート紙カバー付。
【頁数】二二〇頁
【定価】一二〇〇円
【国際標準図書番号】ISBN4-7673-0225-0
【目次・内容】
プ口口ーグ/文学の娯しみ
黒の試走車――情報社会下での小説
1 時代の指導者群像
   源氏物語――帝王の英知
   箱根の坂――時代の創造者を描く司馬遼太郎
   深重の海――津本陽の書かれざる維新史
   風濤――井上靖の描く国家とは何か
2 転換期の知識人たち――明治・大正を生きた
   舞姫――森鷗外とエリート青年の挫折
   奔流の人――夏堀正元のもうひとつの幕末維新像
   河童――芥川の描いた近未来図
3 伴侶としての愛と性――生の原点としての
   万葉集――人を愛することの意味
   菜穂子――堀辰雄の描いた愛の不毛
   古事記――英雄叙事詩の純愛
4 青春と老年を考える――回帰する人生
   三四郎――夏目漱石の描く青年像
   なぎの葉考――野口富士男の青春挽歌
   卒塔婆小町――老を描く古典
   三熊野詣――三島由紀夫の老年の夢想
5 集団力学と個の存在
   いつもと同じ春――辻井喬の個を曝す孤独
   風の王国――五木寛之の近代の超剋
   パリ経由・夕闇のパレスチナ――胡桃沢耕史の冒険小説の魅力
6 日本人の死生観
   その年の冬――癌の病床で執筆の立原正秋
   静かなノモンハン――伊藤桂一の無名者の死生観
   海燕ジョーの奇蹟――佐木隆三に見る南溟
   HIROSHIMA――小田実の描く現代、その死と生
あとがき
【解題】
 この本は、先生の全著作に照らしても、先生の文学観、死生観、日本人観、さらには愛と性、青春と老年、現代社会といったものに対する考え方が、最も端的に出ている本である。 

――と、まあこういうように文学の娯しみというものは堅苦しいものではない。もっと身近で、時代ごとの人間像を通じて、具体的な知恵を鏡に映し出しているものである。そこから人はさまざまな事柄を学ぶことができるし、かつて、人は実際にそれを学んで来た。
『古事記』『万葉集』のような古典といえども、それは変りない。ここではそうした日本文学の古典から現代の作品までを、文学史という教科書臭い時間・空間を取り払って専ら自由に人間の知恵・文学の娯しみについて語ったものである。――つまり、この一冊は筆者にとっての書き下ろし『私説・文学入門』であり、従来の類書のような名作案内・あるいは名作鑑賞といった発想を全的に廃除したものである。
     ――「プロローグ――人間の知恵・文学の娯しみ」


 というように広く一般社会人を対象に書き下ろされた評論で、そうした性格から軽評論的に平易な文体で書かれているが、逆にのびやかに、しかし厳として先生の〈思想〉が語られている。現代教養文庫の『青春の記録』三冊とともに必読の書である。是非読んでいただきたい。(特に「3 伴侶としての愛と性――生の原点としての」の「万葉集――人を愛することの意味」の部分は本ブログの「小川和佑先生の言葉」として別に抄録する)。
☆西山蔵書
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『寺のある風景 坂東三十三ヵ所』
2017/10/03(Tue)
【書名】寺のある風景 坂東三十三ヵ所
【シリーズ名】さきたま双書
【発行日】昭和六〇(一九八五)年一月二五日
【発行所】さきたま出版会
【体裁】B6判ソフトカバー、透明ビニールカバー巻き、帯付。表紙の写真は(上)安楽寺、(下)正法寺の石観音、撮影は清水武甲。
【頁数】二一二頁
【定価】一五〇〇円
【国際標準図書番号】ISBN4-87891-028-3
【目次・内容】
寺のある風景――序にかえて
〈神奈川県〉
第 一 番 シバの女王なぜここに?   大歳山杉本寺……鎌倉市
第 二 番 縁にぬれる鏡花の文学碑   海雲山岩殿寺……逗子市
第 三 番 尼将軍政子ゆかりのつつじ寺 祇園山安養院……鎌倉市
第 四 番 小学唱歌「鎌倉」に登場   海光山長谷寺……鎌倉市
第 五 番 心そそる鑑真和上の持仏   飯泉山勝福寺……小田原市
第 六 番 丹沢山麓の縁結び寺     飯上山長谷寺……厚木市
第 七 番 源実朝の誕生を祈願した観音 金目山光明寺……平塚市
第 八 番 白昼に輝く星の伝説     妙法山星谷寺……座間市
〈埼玉県〉
第 九 番 秘境奥武蔵を往く     都幾山慈光寺…比企郡都磯川村
第 十 番 坂上田村麻呂の悪竜退治  巌殿山正法寺……東松松山市
第 十一 番 江戸建築のバロック手法  岩殿山安楽寺……比企郡吉見町
第 十二 番 三蔵法師眠る十三塔    華林山慈恩寺……岩槻市
〈東京都・横浜市〉
第 十三 番 文学碑に魅了される文化の里 金竜山浅草寺…台東区浅草
第 十四 番 東国の風と土、鉈彫り観音  瑞応山弘明寺…南区弘明寺町
〈群馬県〉
第 十五 番 天女舞う榛名山麓の修験寺  白岩山長谷寺…群馬県榛名町
第 十六 番 西上州の水澄む聖地   五徳山水沢寺…北群馬郡伊香保町
〈栃木県〉
第 十七 番 四面をにらむ青竜の神秘   出流山満願寺……栃木市
第 十八 番 華麗なる色彩湖畔の御堂   補陀洛山中禅寺…日光市
第 十九 番 空海伝説の密教仏      天開山大谷寺……宇都宮市
第 二十 番 土と火に彩られた陶芸の里  独鈷山西明寺…芳賀郡益子
〈茨城県〉
第二十一番 伝説に包まれた八溝の深山  八溝山日輪寺…久慈郡大子町
第二十二番 優美な桃山建築の四重奏   妙福山佐竹寺…常陸太田市
第二十三番 数奇な運命の御仏たち    佐白山観世音寺……笠間市
第二十四番 奇祭マダラ鬼神祭      雨引山楽法寺…真壁郡大和村
第二十五番 さくらに埋もれた小さな大御堂 筑波山大御堂…筑波郡筑波町
第二十六番 古代歌謡と花花の道     南明山清滝寺…新治郡新治村
〈千葉県〉
第二十七番 海から生れた観音菩薩   飯沼山円福寺……銚子市
第二十八番 民話をいまに利根の古刹  滑河山竜王院……香取郡下総町
第二十九番 豪族千葉氏の興亡とともに 海上山千葉寺……千葉市
第 三十 番 春雨煙る古寺の美しさ   平野山高蔵寺……木更津市
第三十一番 樹木にそびゆる大悲閣   大悲山笠森寺……長生郡長南町
第三十二番 九十九里浜を往く巡礼道  音羽山清水寺……夷隅郡岬町
第三十三番 海の見える石段で旅は終る 補陀洛山那古寺…館山市
付録 坂東三十三ヵ所所在案内
あとがき――取材を終えて
参考文献一覧
【解題】
 各札所ごとに六頁の割付で、エッセイ本文と写真、イラスト地図、「取材メモ」によって構成されている。『各駅停車 栃木県』とはまた別の意味で異色の一冊である。巡礼者への利便も考えられているのだが、本書の解題は先生の言葉をそのまま転載した方がいいだろう。

 この『寺のある風景・坂東三十三ヵ所』は第一番の杉本寺から、第三十三番の結願の那古寺までの風景を複眼的に寺々の歴史や風物、古い伝承をルポルタージュ風に語った一冊である。
 ある古刹では本尊の観音像について渡来仏や天平仏の美しさを語り、またある一寺ではその寺を氏寺とした豪族たちの興亡を語った。そして、寺々の季節季節の花を歌い、風を描いた。
 『寺のある風景』は筆者にとっての詩であり、物語であり、仏像・仏殿への憧れを綴ったエッセイでもある。
 記載にあたっては各寺の写真を入れ、案内地図を付し、それぞれの文末には、巡礼者の利便を考えて「取材メモ」の一章を設けた。
          ――「寺のある風景――序にかえて」


☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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