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『わが一九四五年 ――青春の記録1』
2014/04/29(Tue)
【書名】わが一九四五年 ――青春の記録1
【発行日】昭和五〇(一九七五)年九月三〇日
【発行所】社会思想社
【シリーズ】現代教養文庫・八六三(D155)
【体裁】文庫判、カバー装(デザイン・平昌司)
【頁数】執筆者略歴・初出一覧含め二九九頁
【定価】三二〇円
【目次・内容】
  刊行にあたって(社会思想社)
 (1)一九四五年という夏――わが私的回想のなかで――
『雪の巣』原田康子
 (2)青春の運命――あひみてののちの……
『昔はものを』宮野尾文平
 (3)続、青春の運命――白鳥の歌
『従軍手帖――「学徒兵の手記」に答えて』(抄)松永龍樹
 (4)ヒロシマにはじまる
『雲の翳り』中山士郎
 (5)問うべき戦後とはなにか――持続すべきもの
『帰ろう愛の天使達 ――または無音のシラブルの意志について』四城亜儀
『暗い春の終りに』伊吹比呂志
 ●編集ノオト
  執筆者略歴・初出一覧
【解題】
 アンソロジー『青春の記録1・2・3』この三巻本を細かく解説しだしたら、それだけで論文になってしまうだろう。いや、本当はそこから糸を手繰って、小川和佑論を書くべきなのだが、それはともかく、これは、小川和佑先生を理解するには欠くことのできない著書の一つである。著書というより正確には編集本で、アンソロジーに解説を附したものであるが、著作と言っていい内容である。
 注意深く読めば、先生の〈人と思想〉はどの著作からでも窺い知ることはできるが、これほど私性をさらけ出して語られたものはほかにない。実のところ、断片的に話として聞いてはいても、われわれ教え子も先生の閲歴はあまりよく知ってはいない。殊にその少年期については。先生も黙して敢えて語らない。
 本書は、国文学者でも文芸評論家としてでもない、昭和(それも戦後)を生きた一人の市井の人間の声として語られているのだ。だからもちろん、小川先生を理解するというより、〈戦後〉という時間の中で日本人がどう生きたかということを理解することになるわけだし、それが本書の主題であるわけだが、われわれ“自称”弟子サイドから見ると、小川和佑読解の鍵を握る本と言いたくなる。もちろんそれだけではない。一九四五年八月十五日。この日を境に日本および日本人は……。
 
 私にとっての記憶の基底部にある原風景は恒時、夏にはじまる。 ──『わが一九四五年』冒頭の一行。
 
 先生十五歳の夏である。この時、〈終わった〉のではなく、〈始まった〉のであった。同じようなフレーズは、たとえば伊東静雄論などにもたびたび見受けられる。たまたま十五歳だったわけだが、その年齢も重要なのは言うまでもない。すべてはあの夏から、逆に始まったのだ。その思い(というより情念)がこの本を編集させた。
 先生のことを離れても、戦争あるいは戦時体験をテーマとしたアンソロジーは数多くあれど、これほど特異なものはない。
「昭和精神史の証言を具現するものとして編集」(第一巻「編集ノオト」)されているわけだが、何よりも、戦後三十年(書かれた時点では)というその〈戦後〉の方に重点が置かれている。
 しかも、収録された作品は、何作か名の知れた作家・詩人のものもあるが、いずれもマイナーな作品で、ほとんどは無名の、それどころか同人雑誌作家ですらなかったような人の作品もあり、「記憶の底に埋没したまま忘れ去られる危険」(同前)があるというより、それ以前に全くといっていいほど世に知られていない、もはや本書でしか読むことのできない貴重な作品が多数収録されている。
 どうしてそんなものを収録し得たか。決して先生の交際範囲から選ばれているわけではない。それらが収集された経緯もさることながら、したがって文壇の文学的評価云々とは一切関係なく、それらをこのような形で取り上げた、先生の“英断”にはやはり驚嘆せざるを得ない。
 
(個人的には、四城亜儀、矢山哲治、久坂葉子、広津里香などの諸作品に出会えたことは、このうえなく大きな文学的収穫であった。いや収穫というより、文学体験そのものだった。四城亜儀を除いて、いずれも夭折している。立原道造を愛する者は、矢山哲治も読むべきである。久坂葉子と広津里香の死は、時代もその性質も様相を異にするが、やはりいつの時代も〈明るい青春〉などないのだと思う。四城亜儀は、面識はないが実は私とは近しいところにいる人であると後に判明するのだが、本書刊行時二十六か七歳の全く無名の同人雑誌作家であった)。
 ──この項は解題を著しく逸脱することになってしまったが、最後にこの言葉を聴け。
 
 一時代を生きた者だけが、その生きた時代を、次の時代に、現象としてではなしに、語り得べき時代の真実として、既に歴史の時間の底辺に埋没してしまったものを、また、語らずして終った沈黙の精神の所産を、そのまま等質に残したかったのだ。
 そのためには、私は意識的に私の内部で抑圧し続けて来た私の「私性」に関わる少年期について、いわばひとつの確信に基づいて、次代の君たちに証言せねばならない。
 それは「戦後三十年」を生きて来たものの責任であろう。
          ──『わが一九四五年』(1)一九四五年という夏「2」
 
 因みに、この時小川和佑四十五歳。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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