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わが内なる「四季」体験
2014/08/23(Sat)
 もう一度、原点に回帰するような形で、『堀辰雄―作家の境涯』を一冊にまとめた。さて、この新しい自著をわが机上に置いてみると、いまとなってはいかにも気恥かしいのだ。
 三十歳を越えてから、実は堀、立原を口にする際、一種の心理的抵抗を覚えはじめて、それが年とともに深まっていった。そういう心理の詰屈が私に詩を捨てさせた。詩に未練がなかったわけではない。しかし、敢えて詩を捨てることで、いわば自己の内部に形成された「四季」的体験を清算したかった。
 その頃、私は篤実な生活者になりたかった。政治や文学と切り離された地点で平穏に日常を繰り返し、生活的現実を確実に歩んでいる生活者をひどく羨望していた。――そして、そうした生活者の平衡感覚が欠落している自己の性情を矯正しようとした。
 ちょうどその頃、私の職場では岩石ブームと熱帯魚ブームが起っていた。しかし、またして私はこの市民社会の流行について行けない自分を発見した。ボーリングも、ゴルフも同じであった。不器用さもあるが、一度少年期に覚えた文学の魅力に比較すると、生活者を熱中させる流行の趣味も私にとっては、時代の風俗以上のものではなかった。
 ……  ……
 これを最後にして、当分私は十代のなかば、柔らかい心を一撃したこの作家と訣別しようと思う。
 ……  ……
 今年の夏も軽井沢は新宿や渋谷、原宿並の雑踏とにぎわいを見せるだろう。
 風俗の形で堀、立原、カルイサワのブームが軽井沢開発一〇〇周年に当って観光資源とファッション産業を中心に形成されるだろう。そういう雰囲気のなかで堀、立原が読者、ことに若い女性の読者に流通するのは、どうでもよいことだが、やはりどこかに抵抗感がある。これは「四季」体験の後遺症だというべきだが、ともあれ、この一冊を終れば、私の十代からの長かった「四季」遍歴もいちおう終りを告げる。
 それはめまいを覚えるほどの深い疲労感をともなう昨年の夏であった。
 ……  ……
 旧著から七年間、私にとっては必要以上に長い時間の持続と思われた。
   昭和六十一年 早春
     ――小川和佑『堀辰雄―作家の境涯―』
        「わが内なる『四季』体験――あとがきにかえて」
        (一九八六年四月・丘書房)
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