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『伊東静雄論考』
2017/07/13(Thu)
【書名】伊東静雄論考
【発行日】昭和五八(一九八三)年三月二五日
【発行所】叢文社
【体裁】A5判上製、丸背厚表紙、嚥脂クロース装、貼函入り、帯付。口絵アート紙二頁(昭和10年頃の詩人の肖像/セノオ楽譜281番、竹下夢二装画、リヒャルト・シュトラウス『モルゲン』の表紙と譜面)。造本・梯耕治。
【頁数】「あとがき」まで三五五頁。初出一覧一頁。引用詩索引一頁。
【定価】三七〇〇円
【目次・内容・初出】
伊東静雄論
 序章 新しき古典として――静雄頌
 1 詩人の生い立ち
 2 青春、あるいは詩人の出発
 3 創造者への自覚
 4 わがひとに与ふる哀歌
 5 日本浪曼派と伊東静雄
 6 八月の石にすがりて
 7 わが家はいよいよ小さく
 8 雲雀の歌
     〈初出:一九八〇年七月(四月と誤記) 『伊東静雄 孤高の抒情詩人』講談社現代新書〉
伊東静雄論 補記
 1 「わがひとに与ふる哀歌」の新貸料
      ――夢二装画「モルゲン楽譜」をめぐる――
     〈初出:一九八二年七月 「昭和文学研究」第五号〉
 2 伊東静雄と三島由紀夫――その邂逅と訣別
     〈初出:一九七二年十月 「現代詩手帖」十月号 思潮社〉
     (原題「詩の訣れ――三島由紀夫少年詩篇」)
 3 雲雀の記憶
     〈初出:一九七三年十一月 『伊東静雄論』五月書房〉
伊東静雄書誌研究
 1 伊東静雄論の形成
    詩人研究の現在  詩人研究の指針  全集・資料等について
    詩人研究の問題点  詩人論・作品論  作品研究の課題と展望
    主知主義文学と静雄詩の問題  「哀歌」の周辺
    『詩集夏花』以後の詩集について
     〈初出:一九七三年十一月 『伊東静雄論』五月書房〉
     (右所収稿を基に書き下ろし)
 2 伊東静雄書誌一覧・解題
     〈初出:一九七三年十一月 『伊東静雄論』五月書房〉
     (右所収稿に増補訂正を加えた新稿)
 3 研究文献目録・総覧
     〈初出:一九七九年八月 『現代詩読本⑩伊東静雄』思潮社〉
     (右所収稿に増補訂正を加えた新稿)
 4 伊東静雄年表――付同時代史
     〈初出:一九七三年十一月 『伊東静雄論』五月書房〉
     (右所収稿に増補訂正を加えた新稿)
 5 「コギト」「日本浪曼派」年表
     〈初出:一九七七年三月 『立原道造研究』文京書房〉
あとがき
初出一覧
(引用詩の)索引
小川和佑著『伊東静雄論考』函
【解題】
 先生の伊東静雄論、書誌研究の集大成決定版。講談社現代新書版『伊東静雄 孤高の抒情詩人』を第一部に、その後発見された新貸料による「わがひとに与ふる哀歌」論を加え、五月書房版「伊東静雄論」から重要と思われる二篇の論考を再録し、同書所載の研究貸料を基に新たに書き下ろされた増補改訂版書誌研究を併せた大作である。

【「あとがき」より】
 一九八〇年の夏。長い課題だった書き下ろし詩人論『伊東静雄』を講談社現代新書の一冊として刊行することができた。思えば筆者の人生の三分の二以上の時間はこの浪曼詩人の詩的衝撃に憑かれていたといってよい。あの一九四五年の初夏。一冊のアンソロジーで「水中花」と「八月の石にすがりて」を読んだ。その詩的感動はそれまでに読んだどんな詩篇よりも異様にと呼んでよいくらい苛烈であった。その衝撃は極めて危険に満ちた美しさだった。あの退廃し崩壊寸前だった時代にあって、これらの詩は自己の強制される不条理な死さえも、享受することができるといった内的衝迫さえ伴ったのであった。
(中略)
 伊東静雄への長い道程は筆者にあっては負の起点から第一歩を踏み出したといってよい。その着手は先ず、同時代からのこの詩人を語る膨大な、そして散逸しかかった研究文献の渉猟から始った。つまり、静雄詩が如何に読まれたかを通じて、十代の半ば苛烈な一撃を与えたこの詩人の実像を知ろうとしたからである。その詩的享受としての静雄詩の読まれ方はそのまま、昭和という時代の知識人たちの精神的軌跡を形成していた。(後略)
     ――一九八三年 早春


☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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