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『文壇資料 軽井澤』
2015/11/16(Mon)
【書名】文壇資料 軽井澤
【シリーズ名】文壇資料
【発行日】昭和五五(一九八〇)年二月二八日
【発行所】講談社
【体裁】四六判上製、角背浅黄色厚表紙、カバー装、帯付。口絵4頁(写真8枚)
【頁数】二九〇頁
【定価】一四〇〇円
小川和佑著『文壇資料 軽井澤』カバー
【目次・内容】
 Ⅰ プロローグ 軽井沢春秋
中山道・軽井沢宿/軽井沢物語/ひなぐもる碓日坂/ある夏・聖パウロ教会の弥撒で……/軽井沢の沿革史/聖歌の朝に……/明治の軽井沢/樅の木陰――ショー氏記念碑
 Ⅱ 我は張りつめたる氷を愛す
犀星詩碑/沙羅の花/郭公の声――有島武雄の恋/三笠の森/麦藁帽子の夏/文学サロン・つるや旅館
 Ⅲ 物語の女――芥川龍之介
作家のおもかげ/めぐりあい/むらぎものわがこころ……/越し人/芥川龍之介の死
 Ⅳ 『風立ちぬ』の世界へ――あるいは青春について
「ルーベンスの偽画」の少女/続「ルーベンスの偽画」の少女/絵はがきのなかの風景/犀星山荘/『美しい村』幻想/続『美しい村』幻想/アカシアの並木/風立ちぬ、いざ生めやも
 Ⅴ さらば夏の光――三田派の人びと
戯曲「薔薇の館」と遠藤周作/丸岡明と軽井沢/『生きものの記録』/外人墓地・オーストラリア大使館など/堀辰雄と「四季」/犀星と信夫/さらば束の間の夏の光よ
 Ⅵ 中軽井沢と法政大学村――もう一つの軽井沢
西武開発と沓掛/中軽井沢の文学碑/星野温泉と詩人たち/白秋詩碑/法政大学村/岸田衿子と吉行理恵
 Ⅶ 川端康成の軽井沢
『雪国』から『雪国』へ/桜沢・川端別荘/白い降誕祭/逆照射なかの日本/『みずうみ』――戦後の軽井沢風景
 Ⅷ 信濃追分――立原道造の詩と青春
樹下/村ぐらし/鮎の歌/追分慕情
 Ⅸ 花の冠を…… ――カトリック詩人野村英夫の生涯
『雉子日記』の少年/立原道造との出逢いと別れ/堀辰雄詩集/孔雀の羽で……/花の冠を……/遥かな回想
 Ⅹ さまざまの夏
木の十字架/軽井沢の三島由紀夫/新しい出発――堀辰雄と雑誌「高原」/さまざまの夏――エピローグ
 軽井沢年表
 参考文献
【解題】
  講談社の「文壇資料」シリーズの一冊として書き下ろされた渾身の長編評論。日本の近代文学に一ジャンルを築いたといってもいい軽井沢。なぜそうなったか。軽井沢を愛した作家・詩人たちの肖像を通して、その風土と文学的土壌を解き明かす。軽井沢の文学を描いた数多くの本の中でも第一級の資料というだけでなく、ある意味「青春」の書で、軽井沢文学散歩のバイブル的存在になっている。
 なお、この「文壇資料」シリーズにはほかに、近藤富枝『本郷菊富士ホテル』『田端文士村』『馬込文学地図』、村上譲『阿佐ヶ谷界隈』『四谷花園アパート』、加藤一郎『戦後・有楽町界隈』、竹内良夫『春の日の会』、高橋勇『浅草物語』、磯村英樹『城下町金沢』、清藤碌郎『津軽文士群』、中村八朗『十五日会と「文学者」』がある。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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小川和佑先生出演テレビ再放送
2015/03/11(Wed)
「小川ゼミ通信」Vol.34
小川和佑ゼミナールOB会(ならびに関係)の皆様

 昨日は東京大空襲から70年、本日は東日本大震災から4年、あらためて、非業の死を遂げられた幾多の方々のご霊前に、鎮魂の祈りを捧げます。
 そして、われらが恩師・小川和佑先生がお亡くなりになって、はや半年が経とうとしています。
 その喪失感は、思っていた以上で、いかに先生が大きな存在であったかあらためて思い知らされました。

 それでも春は来、桜は咲きます。
 昨日、先生の奥様からお葉書をいただき、先生が出演したテレビが再放送されるというので、急ぎお知らせ致します。

◆3月25日(水)22:00~22:43
NHKテレビ総合【歴史秘話ヒストリア】
「桜の木に恋して~日本人と桜の物語~」

 4年前、震災直後の平成23年4月6日に放送されたものです。
(たしか、震災で少し延期されてこの日になったのではなかったか)。
 先生が登場するのは、番組全体からすればほんの僅かなものですが、生きてお話しされている姿が映し出される筈です。
 4年前見過ごした方はもちろん、ご覧になった方も、やがてまた桜が咲く季節に、小川和佑先生を再び……

西山正義 拝



 みなさーん、25日の放送はご覧になったでしょうか。ほんの一瞬ではありますが、小川和佑先生が生きてお話しされている姿がリアルタイムのテレビに映し出されましたね。ちょうど東京で開花宣言が出た日でした。
 これから満開を迎えるわけですが、それに合わせて、さらなる再放送が決定しました。

◆4月1日(水)14:05~14:48
NHKテレビ総合【歴史秘話ヒストリア】
「桜の木に恋して~日本人と桜の物語~」

 何度でも、桜、さくら……
 今年の桜は、そう、先生が見ることができなかった桜です。
 今年の桜はそういう桜なんですよね。

(3月27日追記)
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『立原道造の世界』
2014/11/12(Wed)
【書名】立原道造の世界
【シリーズ名】講談社文庫・62/1 C68
【発行日】昭和五三(一九七八)年一〇月一五日
【発行所】講談社
【体裁】文庫判(カバーは講談社文庫の初期スタイル)
 カバーデザインは伊藤憲治。「この文庫版の一冊は、立原道造の久松小学校時代の同級生でデザイナーであり、盛岡の立原詩碑の設計者である伊藤憲治氏の装本に成る。これは私にとって望外な喜びであった」〈文庫版に収めるにあたって〉
小川和佑著『立原道造の世界』カバー
【扉・口絵】二頁、アート紙。表・昭和13年銀座にて(近藤武夫撮影)、裏・水戸部アサイに渡した自宅略図(昭和13年5月)
【頁数】四四〇頁
【定価】四六〇円
【目次・内容】
 第一章 立原道造の世界
  1 十四行詩における花の位相
  2 立原道造と葛飾
  3 詩の形成
  4 あひみてののちの・鮎の歌
  5 道造詩の語法
  6 萱草に寄す・暁と夕の詩
  7 風を主題とする詩
  8 立原道造と同人雑誌
  9 続・立原道造と同人雑誌
 第二章 夭折者の文学
  1 「物語」のアンリエット実像
  2 詩集『優しき歌』の主題と構想
  3 新資料水戸部アサイ宛書簡をめぐって
  4 詩集『優しき歌』の成立
  5 風土的転位後の可能性
  6 夭折者の運命
 第三章 立原道造をめぐる詩人たち
  1 三島由紀夫における詩的出発
  2 吉本隆明の風
 第四章 解題・新資料
  1 立原道造研究の指標
  2 新資料水戸部アサイ宛書簡・解題
  3 立原道造年譜
  新版『立原道造研究』後記(昭和五二年 春)
  文庫版に収めるにあたって――覚書にかえて
  (一九七八年 秋)
【解題にかえて――「新版『立原道造研究』後記」と「文庫版に収めるにあたって」を抜粋要約】
 新版『立原道造研究』は、同名の旧版の増補改訂版ではない。この一書は既刊の私の立原道造に関する諸論の集成といったものではなく、全く新らたな一冊である。
 立原道造研究に関する私の最初の一冊は、審美社版の旧版がそれである。この一九六九年刊の論考は、その後次次と発見された新資料等によって、旧版の延長上にある論が、その後も書き継がれていった。
 この一冊を書き終えた時点で、立原に関して、もし彼に残されているものが今後にあるとすれば、彼の個個の作品を対象とした作品研究であろうし、また詩人の生涯に関する伝記的研究であろうと、この旧版のあとがきに記した。この課題によった論は、その後、増補改訂版としての五月書房版『立原道造論』となり、――それとともに二冊の評伝、教養文庫版『優しき歌・立原道造の詩と青春』、文京書房版の『立原道造・忘れがたみ』となった。
 旧版刊行後、六巻本の新『立原道造全集』が刊行され、新らしい事実、資料等が加えられた。(ほかにも幾多の新事実が明らかになった)。
 しかし、この新版を執筆するに当って重要な動機となったものは水戸部アサイ氏から手渡された立原道造の同氏にあてた十五通の新資料書簡と、拙宅を訪問してくれた同氏の回想であった。
 この新資料によって、私の旧い立原論は決定的に訂正されねばならなかった。これらの新資料書簡は立原の夭折直前の文学と思想に関するのみならず、私に旧著を破棄させて、新らたな立原論考の着手をうながすことになった。
 本書の構成は旧版に倣って、序章および本章四章をもって構成した。「四季」という文学的気圏を無視して、立原論は成立しない。立原の文学を個という枠組において限定せず、昭和文学、昭和精神史において全的に把握しようとした旧版の意図は、むしろこの新版においてより強く意識している。
 本書『立原道造の世界』は、文京書房版『立原道造研究』より、第一章から第四章までの、主として詩人論に関する部分を抜粋、再構成したものである。今回、この講談社文庫に収めるにあたって、文庫本という性格を考えて、文京書房版をそのまま収録することをしなかった。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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『美しい村を求めて 新・軽井沢文学散歩』
2014/10/25(Sat)
【書名】美しい村を求めて 新・軽井沢文学散歩
【シリーズ名】Yomi book
【発行日】昭和五三(一九七八)年八月一日
【発行所】読売新聞社
【体裁】新書判
【頁数】二〇六頁
【定価】五〇〇円
【目次・内容】
序章 あるプロローグ
第一章 有島武郎・その純粋と死と
第二章 沙羅の木蔭・芥川の恋
第三章 美しい村
第四章 さらば夏の光
第五章 軽井沢の青春
第六章 信濃の歌
第七章 川端康成の軽井沢
第八章 軽井沢いくたび
 参考文献:P192
 軽井沢文学年表:P193~203
 あとがき
【解題】
 口絵4頁(カラー写真10枚)。巻末に折り込みで「文学碑案内図」が付属。
(※内容に関しては調査中)
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■小川和佑先生が……■
2014/09/23(Tue)








 とうとうこの日が来てしまいました。

 大変つらいことですが、やはりインターネット上にも告知致します。



 平成26年9月20日の午後2時50分、われらが恩師、

 小川和佑先生が永遠の眠りに就かれました。


 御葬儀の日程・会場をお知らせ致します。



 ■お通夜

 9月23日(火/秋分の日)午後5時~

 ■葬儀・告別式

 9月24日(水)午前10時30分~

 (出棺:11時30分)



 会場はいずれも『栃の葉 戸祭ホール』です。

 住所:栃木県宇都宮市八幡台1-28

 TEL:028-650-5166

 http://sougi.bestnet.ne.jp/tochinohato-utsunomiya/map.html

 JR宇都宮駅西口よりタクシー15分(駐車場350台)



 喪主は、奥様であられる小川節子様です。



 小川和佑先生は、昭和5(1930)年4月29日のお生まれ。

 庚午。今年は年男でした。

 享年は満年齢で84歳。

 この夏頃から体調を崩され、療養中でしたが、奥様、娘さんご夫婦、それにお嫁さんやお孫さん、教え子二名とさらに孫弟子に看取られながら、静かに息を引き取りました。


 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。――合掌



 先生は第一に物書きです。書かれたものは我々に残されています。

 もう一度、何度でも、読みましょう。それが一番の供養でしょう。



 これから宇都宮に向かいます。


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わが内なる「四季」体験
2014/08/23(Sat)
 もう一度、原点に回帰するような形で、『堀辰雄―作家の境涯』を一冊にまとめた。さて、この新しい自著をわが机上に置いてみると、いまとなってはいかにも気恥かしいのだ。
 三十歳を越えてから、実は堀、立原を口にする際、一種の心理的抵抗を覚えはじめて、それが年とともに深まっていった。そういう心理の詰屈が私に詩を捨てさせた。詩に未練がなかったわけではない。しかし、敢えて詩を捨てることで、いわば自己の内部に形成された「四季」的体験を清算したかった。
 その頃、私は篤実な生活者になりたかった。政治や文学と切り離された地点で平穏に日常を繰り返し、生活的現実を確実に歩んでいる生活者をひどく羨望していた。――そして、そうした生活者の平衡感覚が欠落している自己の性情を矯正しようとした。
 ちょうどその頃、私の職場では岩石ブームと熱帯魚ブームが起っていた。しかし、またして私はこの市民社会の流行について行けない自分を発見した。ボーリングも、ゴルフも同じであった。不器用さもあるが、一度少年期に覚えた文学の魅力に比較すると、生活者を熱中させる流行の趣味も私にとっては、時代の風俗以上のものではなかった。

     ――小川和佑『堀辰雄―作家の境涯―』(昭和六一年四月・丘書房)「わが内なる『四季』体験――あとがきにかえて」より
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『堀辰雄―作家の境涯―』
2014/08/21(Thu)
【書名】堀辰雄―作家の境涯―
【シリーズ名】人文叢書
【発行日】昭和六一(一九八六)年四月一〇日
【発行所】丘書房
【体裁】A5版上製、丸背鶯色厚表紙、透明ビニール付、機械函入り。
【頁数】二七八頁
【定価】二九五〇円
【ISBN】4-87141-025-0
【目次・内容】
 序章 堀辰雄詩集
 第一章 生の意識――生涯のフィルム
  堀浜之助  作家の幼年
  下町育ち――『幼年時代』と堀辰雄
  『麦藁帽子』の原風景  一高入学
  母・志気の死  補説「花を持てる女」
 第二章 『聖家族』まで――芥川龍之介の死
  大正文学の終焉  ブリュー・バードという娘
  芥川龍之介の死  宿痾の発病――昭和三年の肖像
  『聖家族』まで  『聖家族』――真実への挑戦
  「文學」創刊
 第三章 心理主義の快楽
  東京人の感性  「聖家族」の周辺
  心理主義の快楽  静かなる意志――回復期
  補説『聖家族』  「美しい村」へ
  神戸・竹中郁――私的プルースト体験
 第四章 生の輝き
  『四季』の創刊  一九三三年・夏  立原道造
  生の輝き  物語の女――信濃追分
 第五章 鎮魂
  桜沢の越冬  風立ちぬ
  富士見高原療養所  鎮魂  補説一枚の絵
 第六章 菜穂子
  アヴェ・マリア
  自立したい女と自立できない男の物語
  現代史と『菜穂子』の位置  不毛の愛を描いて
  弱い男、黒川圭介
 第七章 乱世の文学者
  『大和路・信濃路』  『花あしび』の一冊
  作家と時代  「小さき絵」としての「大和路」
  折口信夫――「大和路」まで  『花あしび』の方法
 第八章 「大和路」のなかの堀辰雄
  大和古寺との出会い
  「大和路ノート」と「大和路」諸編
  新薬師寺から西の京へ
  佐保路から海竜王子・歌姫まで
  海竜王子の堀辰雄  飛鳥発見
  「大和路ノート」再検討  堀辰雄と日本回帰
  人麻呂挽歌  「古墳」をめぐる死生観
  堀辰雄の飛鳥観
 終章 さらにふたたび
  未完の小説――「水のうえ」をめぐる
  さらにふたたび……―戦後の堀辰雄
 主要参考文献目録・解題
 年譜
 わが内なる「四季」体験――あとがきにかえて
  初出一覧
【解題】
 昭和四四年一二月上梓の『「四季」とその詩人』にはじまり、立原道造、三好達治、伊東静雄の各研究・論考に続く、「四季」五部作の最後の巻に当たる『評伝 堀辰雄』(昭和五三年六月)からさらに七年(刊行時では八年)、大幅な訂正・改定が施され加筆・増補されたのが本書である。
 第一章中の「『麦藁帽子』の原風景」では、『評伝 堀辰雄』の解題で述べた通り、短篇小説「麦藁帽子」の「お前」のモデル(もしくは原形)が、国文学者・歌人の内海弘蔵(月杖)の〈長女〉の千江ではなく、〈次女〉の妙子に訂正されている。
 従来の第六章は、新しい第六章の冒頭と終章に分けられ、そのあいだに「菜穂子」論と第七章、第八章が増補されている。増補されている部分の初出は以下の通り。
 第六章 菜穂子(昭六〇・二『生きがいの再発見 名著22選』経林書房)
 第七章 乱世の文学者(原題「堀辰雄『花あしび』試論」―昭五九・七『昭和文学研究』第九集)
 第八章 「大和路」のなかの堀辰雄(昭五九・七月号&九月号『解釈(おそらく『国文学 解釈と鑑賞』)』、「堀辰雄―折口信夫と堀辰雄」昭六〇・一〇月宇都宮大学『外国文学』第三四号)
 わが内なる「四季」体験(昭五三・九月号『50冊の本』)
 
 以上を含め、本書収録に当たっては全編にわたって大幅な訂正・補筆が加えられ、再構成され、新たに資料、写真が増補されている。
 
 これを最後にして、当分私は十代のなかば、柔らかい心を一撃したこの作家と訣別しようと思う。
 ……  ……
 今年の夏も軽井沢は新宿や渋谷、原宿並の雑踏とにぎわいを見せるだろう。
 風俗の形で堀、立原、カルイサワのブームが軽井沢開発一〇〇周年に当って観光資源とファッション産業を中心に形成されるだろう。そういう雰囲気のなかで堀、立原が読者、ことに若い女性の読者に流通するのは、どうでもよいことだが、やはりどこかに抵抗感がある。これは「四季」体験の後遺症だというべきだが、ともあれ、この一冊を終れば、私の十代からの長かった「四季」遍歴もいちおう終りを告げる。
 それはめまいを覚えるほどの深い疲労感をともなう昨年の夏であった。
 ……  ……
 旧著から七年間、私にとっては必要以上に長い時間の持続と思われた。
   昭和六十一年 早春
     ――「わが内なる『四季』体験――あとがきにかえて」
☆西山蔵書
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『評伝 堀辰雄』
2014/08/19(Tue)
【書名】評伝 堀辰雄
【シリーズ名】ロッコウブックス
【発行日】昭和五三(一九七八)年六月一五日
【発行所】六興出版
【体裁】四六版ソフトカバー、カバー装、帯付。ブックデザイン・蟹江征治。
【頁数】二一三頁
【定価】九八〇円
【目次・内容】
 序章 堀辰雄詩集
 第一章 生の意識―生涯のフィルム
  堀浜之助  作家の幼年
  下町育ち―『幼年時代』と堀辰雄
  内海千江―『麦藁帽子』の原風景  一高入学
  母・志気の死  補説「花を持てる女」
 第二章 『聖家族』まで―芥川龍之介の死
  大正文学の終焉  「ルウベンスの偽画」
  ブリュー・バードという娘  芥川龍之介の死
  宿痾の発病―昭和三年の肖像  「聖家族」まで
  「文學」創刊
 第三章 心理主義の快楽
  東京人の感性  「聖家族」の周辺
  心理主義の快楽  静かなる意志―回復期
  補説『聖家族』  「美しい村」へ
  神戸・竹中郁―私的プルースト体験
 第四章 生の輝き
  「四季」創刊  一九三三年・夏  立原道造
  生の輝き  物語の女―信濃追分
 第五章 鎮魂
  桜沢の越冬  風立ちぬ
  富士見高原療養所  鎮魂  補説 一枚の絵
 第六章 さらに再び
  アヴェ・マリア  『大和路・信濃路』
  未完の小説―「水のうえ」をめぐる
  さらにふたたび……―戦後の堀辰雄
 主要参考文献目録
 あとがき
【解題】
 口絵写真二頁(堀辰雄肖像昭和九年秋追分の氷室前にて・軽井沢の旧堀家別荘・「四季」追悼号四冊・短編集『風立ちぬ』昭和一二年六月初版・片山慶子〈廣子の誤植〉宛書簡昭和一四年九月一日)
 本書は、『「四季」とその詩人」』にはじまり、立原道造、三好達治、伊東静雄の各研究・論考に続く、「四季」五部作の最後の巻に当たる一冊。
「従来の拙稿のように作品論を離れて、専ら伝記的事実に拠りながら作家像を描いて行くことを意図した」もので、「事実を通じて、その生涯をたどりながら、そこに自ずと形成されて来る作家そのものを大正・昭和という流動の激しい時代を念頭に入れて、人と時代のなかで堀辰雄をとらえてみたかった」(「あとがき」))とある。
 ところが、実は本稿には、当時の資料不足によりその事実の部分で重大な誤謬があった。短篇小説「麦藁帽子」の「お前」のモデル(もしくは原形)は、国文学者・歌人で明治大学硬式野球部初代部長で野球殿堂入りもしている内海弘蔵(月杖)の〈長女〉の千江とされているが、これは〈次女〉の妙子の誤りである。このことは、八年後の『堀辰雄―作家の境涯―』(昭和六一年四月・丘書房刊)で訂正されているが、中島昭氏が『堀辰雄覚書』(昭和五九年一月・近代文藝社刊)でその虚実を詳細に考証し、その著書の巻頭に掲げられた資料写真によって従来不明だった部分が明らかにされたのであった。(なお、中島昭氏の『堀辰雄覚書』の帯には小川和佑先生の推薦文が印刷されている)。
☆西山蔵書
 
※ということで、基本的には編年体で編集している当『著書目録』の順番としてはおかしなことになるが、次に本稿の増補・加筆・訂正版である『堀辰雄―作家の境涯―』を挙げることにする。
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『文学アルバム 立原道造・愛の手紙』
2014/07/30(Wed)
【書名】文学アルバム 立原道造・愛の手紙
【発行日】昭和五三(一九七八)年五月一五日
【発行所】毎日新聞社
【体裁】四六版上製、角背空色厚表紙、カバー装、帯付。装画・立原道造、装丁/レイアウト・熊谷博人/おおきたかし。
【頁数】二一〇頁
【定価】九八〇円
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【目次・内容】
1 立原道造アルバム
 信濃追分
  旧軽街角の案内図/水彩りんどうの花
  詩集『萱草に寄す』/卒業設計
  追分の宿つがる屋/分去れの石仏
  物語集『鮎の歌』
 愛・別離
  水彩おけらの花/手書き地図・Ⅰ
  手書き地図・Ⅱ/紙ナプキンお手紙
  盛岡深沢別荘に遺された色紙/姫神山油絵
2 詩人の肖像
 生い立ち
  昭和十三年春浜町公園にて/小学校六年の詩人
  七五三の祝いに/幼年時の肖像
  幼年時の肖像―二歳の頃
 少年抒情歌
  ゆふすげびとの歌
 青春と文学
  ランプを持つ詩人/「四季」第2号
  分去れの常夜灯/分去れの観音像
  堀辰雄/樹下石仏
 はじめてのものに
  「四季」の「はじめてのものに」/詩人の肖像
  『萱草に寄す』の「はじめてのものに」
  「ゆふすげびとの歌」詩稿
 暁と夕の詩
  暁と夕の詩/聖パウロ教会/教会入口の聖像
 建築家・立原道造
  昭和十三年の詩人像/ロッジとコッテジー俯瞰図
  温泉旅館平面図/温泉旅館立面図/温泉旅館外観図
  軽井沢ゆるや旅館/石本設計事務所の詩人像
 優しき歌
  優しき歌/水戸部アサイへの手紙/水戸部アサイ
  風信子ハウス設計図1/風信子ハウス設計図2
 詩人の死
  立原道造詩碑近景/立原道造詩碑遠景
  「四季」立原道造追悼号
3 立原道造の手紙――水戸部アサイへ
 このあひだのばしたこと
 きのふ 手紙を書いて
 おまへとはなれてゐて
 あはただしくすぎてしまつた
 けふは夏の日のをはり
 おたよりありがたう
 お手紙と
 日曜日にはきつと
 ちひさな病ひが
 お手紙ありがたう
 たうとうひとりで
 豊岡で山陰線に
     *
 立原道造の手紙解題
4 旅人の夜の歌
 信濃の花々
 旅人の夜の歌
 立原道造の風信子ハウス
     *
 主要研究文献目録
 立原道造年譜
 あとがき
【解題】
 カバー写真〈表〉立原道造油絵(昭和一三年一〇月一八日作、盛岡の医師加藤健に贈った画)。同〈裏〉左上・『優しき歌』初版本、左下・『四季』第二号、右上・立原水彩画装の『四季詩集』、右下・立原水彩画の女郎花。
 見返し・立原自筆「のちのおもひに」。扉・立原の図書館設計メモ。
 カラー図版(立原水彩画、卒業設計パース、自宅地図、紙ナプキンに書かれた水戸部アサイ氏への手紙等)八頁。
 五二頁から一一六頁にかけて、立原道造が水戸部アサイ氏へ送った全十五通の手紙(はがき含む)がそのまま写真版で復刻されている。それに続いて、以上の詳細な解題。
 豊富な図版それも未公開資料を多く含む本書は、立原ファンには垂涎ものだが、単に文学アルバムというのを越えて、文学研究資料となるべく「立原道造資料集成」である。
☆西山蔵書
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『昭和文学の一側面 ―詩的饗宴者の文学』
2014/06/05(Thu)
【書名】昭和文学の一側面 ―詩的饗宴者の文学
【発行日】昭和五二(一九七七)年一二月五日
【発行所】明治書院
【体裁】四六判上製、角背ワインレッド厚表紙、光沢コーティングカバー付(帯もあった?)
【頁数】二五九頁
【定価】一八〇〇円
【目次・内容】
 まえがき
1 昭和十年代の文学
 川端康成における西洋の発見
 作家の幼年―堀辰雄の原風景
 萩原朔太郎の軌跡
2 「四季」の詩人たち
 紅、燃ゆる―三好達治抄
 立原道造・その愛と死
 中原中也とその時代
3 詩的饗宴者の文学
 中村眞一郎「恋の泉」
 三島由紀夫における少年期
 高橋和巳論
 詩的饗宴者の文学
4 女流文学の現在
 樋口一葉と明治女流文学
 夭折者・久坂葉子―戦後文学を視点として
 女流文学の現在
  初出誌一覧
【解題】
 四冊目の総合的文学論集。『詩神の魅惑』と『昭和文学論考』が文学史的視点に立つものだとすると、『詩の妖精たちはいま』と『現代詩・土着と原質』は状況論であった。本書は、その二つを併せ持つ性格を有している。
 第一部は、「川端、堀、萩原の三人の作家詩人を対象に、その精神の形成と確立について、大学における近代文学講読、あるいは演習に添って、論じたもの」(まえがき)だというのだが、どなたかこの時の講義あるいはゼミを履修してはいないでしょうか。当時小学生かもしくは中学に上がったばかりの私では話にならないが、非常に興味あるところだ。
 第二部は、「昭和前期の抒情詩人をその時代背景として論じたもの」であり、第三部は、「現代の詩と小説の領域にわたる作家、作品論」。詩作あるいは詩的体験がどう小説家に影響しているかという視点は、先生独自のもので、再三言うように批評の死角に入っている。
 第四部は、『詩の妖精たちはいま』(初出連載時原題「現代女流詩人論」)の「直線上に書き継がれたもの」。この本は、昭和文学の入門書として非常に適しているのだが、それもその筈、「今回は大学における近代文学、及び一般教養の教材といった性格をも持たせて見た」ということなのだ。
 以来、私などが現役の頃(一九八〇年代中頃)までの明治大学での講義・演習は、基本的にはこの路線で進められることになる。
 なお、個人的にこの本は、先生に出会う以前、『三島由紀夫少年詩』の次に手にしていたこともあり、非常に懐かしい本である。しかし、この本を手に取ると、浪人中のある苦い思い出がいつも思い出されてくるので、何とも言えない気持ちになるのであった。
☆西山蔵書 ◎五十嵐蔵書
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